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野菜生活

新鮮お野菜王国のマーチ

QMAに行かなかった

 タイトル通りだ。QMAに行かなかった。太陽が黄色かったせいだ。
 所詮はクイズゲー、行かなくても腕が落ちるわけじゃないが、毎日のように行ってた場所に行かないと何かむずむずする。いつのまにかゲーセンが日常に根を下ろしていたらしい。行かなくてよかった。明日は行くけど。

 ガチ勢じゃないから問題の回収も特にしてないし、数クレ貢いだら帰る生活なので止めようと思えばすぐ止められるけど、暇な内に適当に遊んでおきたいのでダラダラ続けていこうと思う。そうこの文章のように。

蠅の王 感想

蠅の王

 イギリスのノーベル賞作家ゴールディングの代表作。ツイッターでフォロワーに推薦されたので読んでみた。
 無人島に漂着した少年たちのサバイバル生活を描くという、冒険小説のひとつの典型なんだけど、、「十五少年漂流記」のような少年向けの明るい展開とはならないことで有名な作品だそうです。

(あらすじ)
 南太平洋のとある島に不時着した少年たち。救助の望みの薄いことを知った彼らは年長の少年ラーフをリーダーとして秩序による自活の道を探るが、島での狩猟を取り仕切る少年ジャックと次第に対立の色を深めていく。ラーフはピギーという少年とともに何とか島を統率しようとするが、一人また一人と仲間は去り最後に残ったピギーもジャック一派により墜死してしまう。一人残されたラーフは蛮族と化した少年たちに追われることになるが——。
(やっつけなのでまとまっていません。一応既読の人向けです)

 この小説は様々なテーマを内包しているのでどこから感想を書けばいいのか大いに悩むところだけれど、やはり自分の印象に残ったことを中心に書こうと思う。ピギーという少年についてだ。

 ピギーというのは「豚」という意味で、島に漂着する以前の生活における彼のあだ名であったらしい。ピギーの本名は最後まで判明せず、一番親しかったラーフですら彼の名前を知ることはなかった。小さな子どもたちですらあだ名でなく本名で認識されているこの小説において、ピギーは特殊な存在といえる。

 ピギーが変わっているのはそれだけではない。彼はいわば、物語の進行の要所要所で微妙に重要な役割を果たしている。
 島で少年たちが会合を開く際には法螺貝で合図が吹かれるのだが、その法螺貝を最初に見つけたのはピギーだ。豚を焼いたり救助要請のための狼煙を上げるのに必要な火、その唯一の点火手段はピギーの掛けるメガネのレンズだ。ラーフを含む少年たちの髪は手入れされないままぼうぼうに伸びきっているのに、ピギーの髪だけはあまり伸びずそれほどひどい外見の変化もない。
 ピギーは理性を以て少年たちの統率を試みるラーフの友人兼相談役となり、科学的知見や組織の中の処世術に重きをおく。島全体が狂乱の焚き火を囲んで少年をひとりなぶり殺した時も、ピギーは唯一その場に加わらない。

 異論はあれど、自分にはピギーがこの小説において一際特別な役回りを与えられているように思える。ラーフよりもサイモンよりもピギーは重要かもしれない。何故なのか説明してみよう。ピギーの果たす重要な役割について先に例をあげたけれど、その共通点が何なのか分かるだろうか。
 ピギーは闇に染まらないのだ。ラーフですらいくらか闇にたぐり寄せられているのに対してピギーはびくともしない。彼は蛮人と化した少年たちに視力を奪われ、墜死するその瞬間まで完全に理性を保ったのだ。
 彼は理性を象徴する存在だ。島の外の人間のように髪は伸びず、火を点し、科学的知見に優れ、孤独を募らせるラーフに最後まで味方する。ピギー自身が理性と無縁な蛮族的行為と相容れないためだ。
 ここでいう理性とは何かについて補足が必要だろう。「現代人が持っていて、蛮人には無いもの」それがピギーの象徴する理性だ。いわば彼は「島の怪物」と対をなす存在であり、結果的には蛮人どもに盲目にされ墜死する無惨な敗北を迎えることになる。
 小説のラストでは、島は近海の海軍に発見され、少年たちは「イノセンスを失った」ことについて啜り泣く。ここでいうイノセンスとは何なのだろう。思うに、これはひどく逆説的な文章なのかもしれない。つまりは「現代人としてのアイデンティティ」を失ったということだ。理性を以て社会を運営する、穏やかで豊かな現代人としての「イノセンス」を失い、原始の蛮人に戻ってしまった。彼らは理性的な議論を放棄し、救出のための手段を蔑ろにし、人を殺し、無為な争いに身を投じた。ピギーを無視するばかりでなく、ついにはかつての理性的なリーダーだったラーフまでも島中追いかけまして殺そうとした。そのような状況で唐突に現ふ代に帰還できることになっても、喜ぶものは誰もいない。彼らは理性の限界をとうに踏み越えてしまったのだから。

 それにしても山狩りによる大火災の煙で島が発見されるというのは、この小説を象徴するような皮肉な結末ですね。
 見事なまでに誰も幸せにならない小説……というのが自分の第一印象でしたが、理性の最後の希望であるラーフが生き残ったあたり、現代人の理性の完全な敗北を描いたわけでもなく、共感しづらいけど作者なりのハッピーエンドなのかもしれないとか思ったりした。
 現代人を未開の地に放り込むことは、パンドラの箱を開けるようなものなのかもしれませんね。

 ピギーの「豚」というあだ名は飼い慣らされた現代人を表し、島の豚たちと同じく、野生の前にあっては狩られる運命を暗示している。

ハロウィンにブログ始めた

「ブログ始めました~」と、こういうの書くのが大体お決まりのパターンな気がしたから書いてみる
や、本当は何も書くことないけどね。あまりに書くことが無いので逆に「このままだと作っただけでこのページ放置だなw」とかそんな感じの危機感を感じたので書くモチベーションが生まれたのだ。書くことが無いから書く。世の中には不純な動機がしばし傑作を生む。

 さて、世間はハロウィンですね。。といっても特別なことは何も無かったけれど。QMAの妖精に「今日はハロウィンですね~」とか言われたくらいだ。一体ハロウィンって何をする日なんだろう……自分が特殊なのかもしれないけど、そもそも今までハロウィンをまともに祝った思い出がない気がする。というかお菓子を貰いに練り歩いたとかそういう記憶すら無いんだけど、これっておかしくないか。ひょっとしてトリックオアトリートの脅迫の際に何か嫌な出来事があって記憶が抑圧されてるのかもしれない。ジャックランタンを眺めたら思い出すかも。お菓子だけに何かおかしなことが……プププ

 ともかく今日はハロウィンを放り出してゲーセンに行った。QMAのトーナメントで2クレで2位と優勝という鮮やかなリザルトだった。ハロウィン最高ですね。QMA、トーナメントで優勝した時点で帰るという自分ルールを課してるんだけど、最近なかなか優勝できなくて辛さがあったから今日はとても気持ちよかった。昇級も目前、QMAの最上位クラスは廃人による暗記ゲーと聞いたので不安はあるものの、とにかくハロウィン最高。

疲れた寝る