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英国の記念硬貨の意匠がクソ適当な話(the Guardian)

 よく知られているように、オスカー・ワイルドはこう言ってません*1。曰く、「Goodreadsを引用の出典として信用するな」。王立造幣局H・G・ウェルズを称える2ポンド記念硬貨を不正確な引用とともに(四本足の火星人*2の意匠付きで)発売した一ヶ月後、今度は『不思議の国のアリス』の著者のルイス・キャロルが、身に覚えのない文章と一緒に硬貨にされた最新の人物になりました。

 

不思議の国のアリス』150周年を記念する50ペンス硬貨はウェストミンスター・コレクションによって発売されました。彼らは引用した文章を、「キャラクターを特徴付ける」「もっともよく知られた言葉」であると主張しています。残念なことに、目ざとい専門家によって、いくつかの文章はGoodreadsや多数の啓発ポスター?などに見つかるものの、キャロルが書いたものでないことが明らかになりました。

 

 白ウサギは「急げば急ぐほど置いて行かれるんだ」なんて言ってませんし、帽子屋も「君に分かりやすくしてあげる義務なんてないね」とは言ってません。ハートの女王による「もう十分だ!奴らの親玉(head)を切れ!」はおおよそ合っています。彼女が所望しているのは全員の首(heads)なのですが。

 

 ルイス・キャロル・レビュー編集者のFranziska Kohlt博士は、しょっちゅうキャロルの間違った引用に出くわしていると語ります。「コレクター向けのページでコインに関する投稿を見たんです。半ば無意識にチェック掛けてましたね。『これ間違いじゃなかったらいいなー……うわダメじゃん』って」

 

 Kohltによると、「急げば急ぐほど」と「そんな義務はない」の2つの引用は「絶対にキャロルのものではない、インターネットにそう書いてあっても」だそうです。「日々どれほどの誤った引用に出会っていることか、きっと信じてもらえないことでしょう。学術論文の中にも見つかるくらいです」と彼女は言います。「文学を題材にしたコインで、引用自体の間違いや細かいミスが発生するのは今回が初めてなどではありません。この手のミスが無くならないのは実に腹立たしいことです。チェックするのは簡単なのに」

 

 よくある話として、『アリス』の引用の誤りはディズニー映画が発端であることも多いです。1951年のアニメーションや2010年のティム・バートンの実写映画でも例があります。オランダに住むファンのLenny de Rooyは主たる誤った引用をAlice-in-Wonderland.netに纏めようとしています。「ルイス・キャロルや『アリス』の言葉は、可愛らしいイメージや商業主義と結びついて現代のあらゆる場所に出現しています」と彼女は記している。「不幸なことに、間違った引用がたくさんあります。それらは『アリス』の言葉でもなければ、著者とも関係がありません。お願い、間違ったイメージを広めないで!」

 

 Rooyは広く誤用されている「急げば急ぐほど」の典拠が不明なことに気が付きましたが、「君に分かりやすくしてあげる義務なんてないね」については述べていません。ところでこちらは、天体物理学者のNeil deGrasse Tysonによる『忙しい人のための天体物理学』*3という本に登場します。Tysonはこの本で「宇宙には君に分かりやすくしてあげる義務なんてないね」と書いたのですが、帽子屋と混同された経緯は不明です。

 

 キャロルのコインはコレクター向けであり、王立造幣局が生産したものでもありません。もっとも王立造幣局は最近H・G・ウェルズの2ポンド記念硬貨に刻む引用を間違えたり、ジェーン・オースティンの10ポンド記念紙幣に記した引用を間違えたりしましたが(「結局、本を読む楽しさって唯一無二のものなのね!」という台詞ですが、実際にはオースティンではなく彼女の小説に登場するキャロライン・ビングリーのもので、この人物は読書に興味などありません*4)。ちなみに、キャロルの記念硬貨マン島では法定硬貨として通用しますが、5つの50ペンス硬貨のセットが31.25ポンド*5することを考えると*、一般に使用されることは考えにくいでしょう。

 

 ウェストミンスター・コレクションの広報担当者はガーディアン紙の取材に次のように回答しました。「これらの台詞はキャラクターと結び付いて親しまれています。貴紙の考えとは異なり、原作の台詞を直接用いなければならないわけではありません」

 

 キャロルならきっとこう言ったでしょう。「どこに向かっているか分からないなら、どんな道でも正解だ」いや、これはジョージハリスンだったっけ?*6

 

☟原文☟

www.theguardian.com

 

 

 

*1:誤訳ではない

*2:HG Wells fans spot numerous errors on Royal Mint's new £2 coin | HG Wells | The Guardian

「四本足の火星人」は"A tripod with four legs"。TripodはH・G・ウェルズの小説『宇宙戦争』に登場するタコ型兵器のこと。足が3本なのでtripodと呼ばれるが、造幣局が足を4本描いたコインを発売したため炎上した

*3:Astrophysics for People in a Hurry - Wikipedia

*4:Why that Jane Austen quotation on the new £10 note is a major blunder | Bank of England | The Guardian

この件は2013年に記事になっている

*5:https://www.westminstercollection.com/p-X267/Alices-Adventures-in-Wonderland-Silver-50p-Set.aspx

このサイト見たら31.25ポンドじゃなくて320ポンドらしいんですけどー

*6:Any Road - Wikipedia

この歌詞は『アリス』が元になってはいるものの、原作とはニュアンスも文自体も異なります