野菜生活

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キャンセルの残忍さ(翻訳)

How not to do social change.

 

数か月前にあるポッドキャスト*1を聴いたことで、以来ずっと悩み続けている。その内容が、カルチャー戦士*2が幅を利かせる現代の本質を突く内容だったからだ。NPRの『目に映らない(Invisibilia)』シリーズはいつも素晴らしいが、その回はエミリーという女性が登場した。

 

エミリーはヴァージニア州リッチモンドハードコアパンクグループのメンバーとして活動していた。30歳の誕生日を控えたある日、彼女は有名バンドの一員だった親友とともにバンに乗っていた。フロリダで予定されたライブに向かっていたところ、会場から出演取り消しの電話が掛かってきた。ある女性が同乗の親友から性的で不愉快な写真を送りつけられたといって、彼を告発したのである。

 

メンバーはすぐさま疑惑を否定したが、エミリーは内心で歯がゆく思っていた。リッチモンドに戻った彼女は、フェイスブックで親友を性加害者として糾弾した。「彼のしたことはすべて許せない。良くないことよ。私は女性を信じる」

 

投稿は効果てきめんだった。彼は結局バンドを脱退することになり、パンクシーンから姿を消した。エミリーが聞いた噂によると、親友は仕事をクビになり、アパートからも追い出され、新しい街でも上手くいってないそうだった。彼と連絡を取ることも二度となかった。

 

その間、彼女は自分のバンドでフロントパーソンを務めていた。しかし2016年の10月に、彼女もまたコールアウトされてしまう。高校時代、およそ10年前に、誰かがある女子学生のヌード画像をネットに投稿したことがあった。当時、エミリーは被害者の女性を絵文字でからかったのだが、これが彼女の関わった大規模なネットいじめの一部だったのだ。

 

エミリーを非難する投稿も急速に拡散された。彼女もまた、国家規模の嫌われ者になったのだ。パンクシーンから追放された。自宅から数ヵ月出られなかった。友人は彼女を見捨てた。恐怖とトラウマを植え付けられ、孤独に過ごした。失踪することも考えた。

 

「これが私の全人生です」と彼女は涙ながらに『目に映らない』で語った。「私にとっては全てに思えます。ただただ、何もかもが終わってしまい、手遅れなのです」

 

しかし、彼女はコールアウトの正当性を認めた。コールアウトされたなら、人間として扱われなくても仕方がないと。「自分自身については、何よりもまず、本当にごめんなさいと思うばかりです。自分が怪物のように思えます」

 

エミリーをコールアウトした男性の名前は、ハーバートという。彼が『目に映らない』に語ったところによると、エミリーをコールアウトしたことで、彼はオーガズムにも似た快感を覚えたという。エミリーの味わった痛みが気になるかと問われた彼は、「ノーだ。気にならない」と回答した。「気にならないよ。だって当然の報いだし、ずっと続いてきたことだから。文字通り、その手のイベントの後で何が起こっても、気にならない。死んでいようが、生きていようが、何でも」

 

インタビュアーのハンナ・ロジンが懐疑的な見方を示すと、彼は自分自身もまた被害者であることを明かした。幼いころに父親にずっと殴られていたのだという。

 

この短い物語の中に、私たちの野蛮きわまる時代文化がもつ病的な一面を見てとることができる。熱狂は、しばしば批判者自身の精神的問題を和らげようと膨れ上がるのだ。ソーシャルメディア上で非難を行えば、知りもしない人々でさえ破壊することができる。謝罪と赦しに必要な個人間の繋がりが存在しないからだ。

 

二元的な部族精神で物事を眺めると、どうなるだろう。「私たち」と「彼ら」、「パンク」と「非パンク」、「被害者」と「加害者」といったように――世界はあっという間に非人間的なものになる。複雑な人間存在を、単純な善と悪にに還元してしまうからだ。突然、R・ケリー*3と下品な絵文字を送った女子高生との間に、何の違いも無くなってしまうのだ。

 

このポッドキャストは、虐待の連鎖が人から人へ伝わっていく様子を垣間見せてくれる。恐ろしいコールアウト文化の中で生きることがどのようなものか。いつ社会から抹殺されるとも知れない、他人を倫理的に出し抜く復讐ゲームの中で。

 

私は年寄りなので、歴史の中に色々と思い当たることがある*4。学生たちが上の世代を間違った思想の持ち主として糾弾し、効率的に殺して回った出来事を。毛沢東文化大革命や、スターリン時代のロシアのことを。

 

しかし、『目に映らない』のエピソードは、コールアウトによって人類が前進する様子を暗に描いている。社会はルールに違反したいじめっ子の息の根を止めることで規範を強制する。システムが機能しないなら、自警団の正義は粗暴でありながらも役割を果たす。著名な人類学者のリチャード・ランガムによれば、これは文明が自らを進歩させる、彼自身の知る唯一のやり方だそうだ。*5

 

本当だろうか? 私たちは、残忍さで回るサイクルの方が、英知や共感よりも文明を進歩させると本当に考えているのだろうか? 私は、文明が進歩するのは法規範を受け入れた時ではないかと思う。私たちがもはやコロシアムに集まって、ライオンに食われる人間を眺めたりしないのは何故だろうか。聖職者たちが、哲学者たちが、芸術家たちが、私たちを残忍さに対して寛容でなくしたからではないか。寛容にさせるのではなく。

 

コールアウト文化の似非リアリズムに付きまとう問題は、あまりにも素朴さが過ぎることだ。ひとたび二元論的な思考で人々を善か悪かに分類してしまうと、まともな手続きなしに誰かの人生を破壊する力を任意の人々に与えてしまう。ルワンダ虐殺への一歩を踏み出してしまうのだ。

 

いくら正義のための試みでも、慈悲深さや、人間の弱さへの配慮、改心のあり方についての理解が乏しければ、蛮行に転じかねないのだ。文明の土台は、あなたが思うよりずっと薄いのである。

 

☟原文☟

www.nytimes.com

 

(訳した人間による補足)

本記事は以下の記事に付した参考URL先を更に訳したものです。

831.hateblo.jp

 

両記事とも元々はコールアウトに関する話題ですが、日本語圏でコールアウトという言葉が一般的でないこと、両者の区別が難しいこと、またコールアウトと言いつつ中身ではキャンセルを論じている媒体も多くあることから、ブログでは両者をあえて区別しないものとしてタイトルを付けています。問題があったらごめんなさい。

 

あと本記事で取り上げられたポッドキャストを視聴してみましたが、エミリーのバンドの曲が使われていたり、記事に出てこない話などもあって面白かったです。エミリーがライブで観客を殴った話とか。

ただ、エミリーその人や番組自体の評判についても様々な意見があったようです。

www.reddit.com

当時の報道や、エミリーの親友のその後についても知りたかったのですが、これについてはよく分かりませんでした・・・流石にフィクションではないと思うのですが。炎上の痕跡が見つかり辛いのはポジティブなことかもしれないと思いつつ、ちょっとは気になるので知っている人がいたらこっそり教えてほしいです。

 

*1:ポッドキャストのURL

www.npr.org

*2:原文は'culture warrior'で、これは特定の文化が脅威に晒されたと感じた時に、それを守ろうとする人のことを指す

*3:R・ケリーアメリカのR&Bアーティスト。この記事が書かれたのと同じ頃、未成年に対する性犯罪など複数の嫌疑で告発された

R.ケリーに性的虐待などで有罪評決。複数の女性や男性が、虐待を告発していた | ハフポスト

*4:原文は'alarm bells were going off'で、これは「頭の片隅で警告音が鳴る」みたいな意味。知らなかったのでここにメモする

*5:念のための補足しておくと、リチャード・ランガムという人はコールアウト文化について何かを述べたわけではない(たぶん)。この発言は'reactive aggression'(反発的攻撃性)と文明の発展との関わりを調べた彼の研究から来ている。ここで詳しく説明する余裕はないが、簡潔に述べると人間文明は社会の秩序を乱す強力な個体を死刑、あるいは'coalitionary proactive aggression'(連帯的かつ主体的な攻撃)によって排除することで自らを家畜化し、進歩してきたという話(という風に訳した人間は解釈している。間違っていたらゴメンナサイ)らしい。以下のURLを参考にした

Did Capital Punishment Create Morality? | The New Yorker