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ロシア人エリートは戦争に関心を持たない(翻訳)

匿名寄稿者

ロシア人の実業家たちについて、彼らの子女を教育しながら気付いたことですが、実業家という人種は多くを語りません。ある家族とひと夏を過ごしたのに、雇い主の職業が最後まで分からなかったことがありました。ほとんどのことは、古めかしく無愛想な魔法と技量によって隠されているのです。

でもロシアがウクライナに侵攻したとき、その装いに小さなひびが入るのを目にしました。いまのボスはモスクワ郊外の高級住宅地に住む仲買人です。毎朝仕事が始まる前、彼の運転手はメルセデスマイバッハで私たちをジムへと連れていきます。ジムで行う厳しいトレーニングについて、いつも道中の10分ほど熱心に語り合っているのです。そして車が停車するや否や、ボスはフロントへと駆けていきます。

2月24日の朝のこと。ボスと車庫で会った時、辺りはまだ暗いままでした。私たち2人とも「特別軍事作戦」が発表されたニュースを見ていました。クレムリンはずっと、ロシアが今にも隣国に侵攻するだろう、と警告するアメリカを嘲笑っていました。準備ができていた人などいません。ボスは車に乗り込むと、足元の携帯電話に目を落としながら、戦車が国境を越えていく映像を黙って眺めていました。ジムに着いた後も、彼はさらに10分間も座っていました。それほど長くじっとしているボスを見たことがありません。

 

何度も何度も耳にした。「なぜ?」と

私自身、少しばかり呆然としていました。この国から追い出されるのではないかと不安になり、そしてウクライナよりも自分自身を案じていることを後ろめたく思いました。いつも通りの授業を行い、早い夕食を摂りました。ゴールドリーフがトッピングされたポークパイ。子どもたちと、乳母のタチアナと一緒にです。

タチアナは背の低い、温厚な中年女性です。彼女はいつも、多少の誇りとともにこう言います。自分はロシアの外に出たことはない。演劇とクラシックを通じて心で旅が出来るなら、そうする必要はないのだと。私の授業はしばしば、彼女の演奏する可愛らしいプッチーニのアリアで中断されます。タチアナは子どもたちの嘘を見抜くのに長けている人ですが、ロシアのテレビを見ているとき、その勘は鈍ってしまうようです。

その夜、タチアナは夕食の間にニュースを見ようと言い張りました。彼女は絶えずウクライナ情勢に話を戻そうとして、子どもたちに無視されていました。食事のあと、彼女はひとりひとりを個人授業に連れて行きました。

内容が少し聞こえてきました――「ウクライナ政府とナチスのゼレンスキーは、ドンバスでロシア人の兄弟を殺しているのよ」。公式発表はわずか数時間前だったのに、私はタチアナの呑み込みの速さに驚きました。テレビ局のキャスターたちと同様に、タチアナはロシアの行動を正当化しようと、1930年代のヨーロッパでファシズムが生まれたことを説明していました。そして、続いて起こった世界大戦のことも(最年長の子以外には、恐ろしい詳細は割愛していました)。その後、私は子どもたちが自由に話せるよう、英語で彼らがどう思ったのかを尋ねてみましたが、彼らは肩をすくめました。ある子は「あんまり聞いていなかった」と答えましたが、これが外交上の配慮であったのかは分かりません。

さらに無視できなかったのは、インスタグラムです。一番年少の子は、授業の合間に私と一緒にスケートボードやバイクのトリックの映像を見るのです。戦争が始まった最初の週の晩、教え子のフィードにロシアの戦車が民間人の車を轢いているクリップ*1がポップアウトしました。彼は息を呑んで、携帯電話を傍らに置き、黙ってエッセイの次の段落に取り掛かりました。彼が休憩を切り上げたのは、その時だけでした。

 

映像ではロシアの戦車が民間人の車を轢いていた。彼は息を呑み、携帯電話を置いた。

私が一緒に暮らしている家族以外にも、事態を受け入れるのに苦労している人々がいました。大半の人は、自分が何を考えてよいのか分からなかったようです。街中のカフェやバーで交わされる会話は、あたかも全てがウクライナの話題のようでした。何度も何度も耳にしました。「なぜ?」と。

数日後のジムでは、私のボスはいつもの自分に戻ったようでした。ボクシングのセッションで、ボスは私のパンチが良くなっているとトレーナーに話していました。「もうすぐドンバスで使い物になるぞ!」と彼は冗談を飛ばし、トレーナーは薄く笑いました。

ボスがどうやって立ち直ったのかは判然としないものの、戦争についての公式見解が彼や私の周囲に浸透しつつあるのが分かりました。インスタグラムは、検閲かアルゴリズムのせいか分かりませんが、私の教え子にショックを与えたような映像を流さなくなりました。さらに数週間後、政府はサービスそのものを排除しました。

家にいる他の人と違い、私は西側のメディアを読んでいるため、制裁に関する一連の報道を目にしていました。もちろん、家族の私的な会話に立ち入ることはできませんが、私が目撃した制裁の唯一の影響は、子どもたちの一人が兄にVPNを使わせてほしいと頼み込んでいたことです――彼女はアクセス元をアメリカに設定して、アップルペイで支払いをしたかったのです。私の知る限り、この一家が直面した最大の不便は、休暇をフランスではなくドバイで過ごさなくてはならないことでしょう。

私の知る別の裕福な一家では、息子たちが徴兵されるのを恐れて、アメリカかヨーロッパの大学に進学させようと躍起になっています。願書を読んでほしいという依頼がたくさん舞い込みました。ある人は、祖父母がウクライナ人だと書けば選考を通過しやすくなるのかと私に尋ねてきました。分からない、と返答しました。

 

一家が直面した最大の不便は、休暇をフランスではなくドバイで過ごさなくてはならないことでしょう。

カフェでの会話は、混乱からシニカルなユーモアへと変わりました。状況は人々の購買力に影響を及ぼしていますが、少なくとも都市部の中流層にとっては、まだ破滅的な状況ではありません。別の日に友人たちと寿司を食べた日のことです(ほとんどは裕福な大卒)。一人がこんな冗談を飛ばしました。「給料をルーブルで貰おうが関係ないな。外貨が要るのは靴下を買う時だけで、もう春になるし」。あるいは、女性を言いくるめて本番まで漕ぎつけるのが容易になったというジョークも流行っています。後部座席で下着を脱いだ女性が、運転手にこう尋ねます。「あなた、本当に家に砂糖があるのね?」

閉店した店のことも話題に上ります。人々を最も動揺させたのは、h&mでしょうか。グローバル経済からの孤立も、それ自体が冗談の種になりました。アップルが閉店した後、人々はこう言い始めました。「あなたは今、ロシアで最新のiPhoneを手にしている」。ロシアの銀行システムに課された制裁を回避するために、どのVPNを使えばよいかも盛んに議論されています。制裁がなされた理由の方は、決して語られませんが。

好奇心の欠如について、友人たちを悪く思わないように努めています。政府の責任を追及するよりも日々の生活に関心を持ちたがるのは、ロシア人に限った話ではありません。しかし、コメディアンや有名人が戦争についてひたすら同じ言葉を繰り返すのを見るのは辛いものです。私は多くのロシア語を彼らから学びましたし、何人かはほとんど友人のように感じているのです。

ロシアのテレビでお気に入りだったのは、毎年大晦日に放送される「ヨルキ」という映画です。これはラブコメディーで(「ラブ・アクチュアリー」のように、タイムゾーンを横断した複数の場所でシナリオが進行します)、B級の有名人を起用して毎年新しい続編が作られます。12月31日に、友人たちとキャビアを食べながら、ほろ酔い気分でこの映画を見るのが好きなんです。コメディアンのセルゲイ・スヴェトラーコフは「ヨルキ」のレギュラーです。スヴェトラーコフはかつてロシアでの暮らしを二等客車のトイレに閉じ込められるようなものだと言っていましたが、戦争が始まってからはモスクワを去った他の有名人たちを批判しています。ポリーナ・ガガーリナは「ヨルキ」の音楽にも参加した歌手ですが、彼女は3月に行われたプーチンの集会で歌いました。

 

少し時間が掛かりましたが、今やほとんど全員が台本に忠実です

これがインフルエンサーになると、様相はさらに悪くなります。面白おかしいTikTokクリップで有名になったヤング・グプカ(私の教え子は彼のファンです)は、ウクライナの平和維持軍への支持を表明する、愛国的な声明を読み上げる動画を投稿しました。少し時間が掛かりましたが、今やほとんど全員が台本に忠実です。

2月24日以降、はっきりと戦争に反対している人と会話したのは2回だけでした。1度目は、侵攻が始まって数日後に乗ったタクシーの運転手とです。彼はロシア人がウクライナ人に銃を向けるなど信じられない、歴史を共にしているのに、と語りました。私が、ロシア人は2014年のクリミアでもウクライナに銃を向けたではないか、と指摘すると、彼は「それは違う」と理由を述べずに断言しました。そして「ビッグボス」ことウラジーミル・プーチン大統領と彼の決断への非難を続けました。

2度目の会話は、侵攻直後に会った床屋とでした。「恐ろしいことだ」と彼は言いました。「誰も望んでいない!」。次に会ったとき、彼は情勢が収入に影響しないか、住宅ローンの返済のために働く時間を増やさなければならないのかを心配していました。彼はプーチンに責任を被せました。「ヒマな赤ん坊が構ってもらいたがってるんだ」。3回目のやり取りでは、床屋も観念したのか、冗談めかした口調で「車の輸入が止まってるから、俺のキアも今やメルセデスみたいなもんだな」と口にしました。冗談を言いたくなる衝動は、戦争と同じく、終わりがないもののようです。

 

寄稿者はロシアに住んでいます。詳細部分をいくつか変更しました。

 

☟原文☟

www.economist.com

 

※追記(6/12)

記事の続編が出たので訳しました。

831.hateblo.jp

 

*1:記事内で特にフォローされていませんが、該当の映像は以下のソースで触れられているものと思われます。

www.snopes.com

映像自体はフェイクではないようですが、フランス24の検証によれば、この戦車はウクライナの車両とされています。