野菜生活

新鮮お野菜王国のマーチ

好きな短編小説7つ

 中学時代のこと。とある歴史の教師が好きな本について語ったときのひとことを自分は今でも鮮明に覚えている。

「中学生の頃は、海外作家の短編集ばかり読んでいたんですよ」

「分かる!!」寡黙な教室の中のさらに寡黙な人間の中で内なる心はこう叫んだ。的確だ。ある人の読書遍歴を説明するのに、この短い一言は余りに雄弁でかつ普遍的であると思った。決して少なくない数の本好きがこの道を通るのだ。ぼくも例外ではなかった。

 どういうことか乱雑に説明しよう。ある種の人々はいつしか海外への憧れに目覚めるものである。その中でもさらに特別な人々は、海外に関わる何かを知的なものごとと見なすようになる。馴染みのない言語、見知らぬ文化、教科としての英語、あるいは国際人を育てる教育方針などなんでも良いが、そういったものが影響して知的な自分のアイデンティティを舶来の品々に仮託する精神的習慣が選ばれし人間のもとに芽生えるのだ。分かりやすくいえば厨二病の一種だ。

 さて、あなたはこのような人間をどう思うだろうか。薄っぺらい? 少なくともぼくにはそんな感想は逆立ちしたって言えない。自分がそうだったから!!
 ここからは自分語りだ。自分の選んだ舶来ものは海外小説だった。ハリーポッターが好きだったしね。知的でも何でもない単純さですね。

 ところが、そこで一度壁にぶち当たることになる。本屋に出向いてどの本を買おうか思案するわけだけど、賢明な皆さんならご存じのとおり、有名な小説ってたいてい長編なんですね。レ・ミゼラブル罪と罰。流石に厨二病こじらせただけのガキに読めるわけがなかった。10ページ読む前に飽きる。話が覚えられない。無理して買っても金の無駄になるのは明白。小遣いの少ない子どもにそんな費用対効果の薄い支出は認められない。え? 本が好きならそんなの関係ないだろって? 勘違いしないで欲しいが、典型的厨二病たる自分はただ単に海外小説をスタバで広げてドヤ顔したいだけであって、小説の中身などどうでも良いのだ。難解な本など長時間広げていられないから買う気になれないだけだ。

 つまり長編は無理だ。厨二病をもってしても無理なことは無理だ。だが無理なことを諦めるようでは厨二病の名折れだ。悩んだ挙げ句選択したのが、短くて、短いがゆえに内容もそれほど複雑でないであろう短編小説というわけだ。

 まとめよう。思春期というアイデンティティが形成される時期において、少しでも早く大人の世界に飛び込もうと足掻いた人間が手に取るのが海外の短編小説なのだ。少なくとも自分の場合はそうだった。くだんの歴史教師がそうであったかについては確認していない。違ってたらすまんな。

 前置きが長くなったが、ともかく短編小説は自分の読書遍歴の中で最も付き合いの長いフォーマットであり、ここに7つ、特に好きなものを並べて色々と書いてみたいと思います。

 

 

遊戯の終わり(フリオ・コルタサル
 コルタサルボルヘスとともにラテンアメリカ最良の短編作家とされる。『遊戯の終わり』はその彼の名短編集にして、その掉尾を飾る表題作の名だ。
 コルタサルボルヘスも、方向性は異なるものの一種の幻想的な作風で知られる作家で、南米という括り以外でもエンデ、カルヴィーノなどと共に愛読する人間が多い。この短篇集にもそうした奇妙な話が数多く収録されていて、今なお多くの人間に読み継がれている。
 しかし一方で、肝心の表題作である『遊戯の終わり』に幻想文学としての要素はほとんど無い。作中には異世界も非日常も登場せず、全くの日常を描いた短編となっている。コルタサルの異常な世界観に惹かれて彼の本を読み進めた人間は、こうした作品に出会って当惑を覚えるかもしれない。優れたラテンアメリカ文学者である寺尾隆吉の『ラテンアメリカ文学入門』(中公新書)でも、この本の短編を日常的なものと非日常的なものとにはっきり区別して紹介している。
 その一方で、こうした区別がコルタサルという作家を分断して二面性を持たせているかというと、決してそんなことも無いようだ。この本の日常と非日常はどちらも同じコルタサルであって、両者は何らかの共通項を持っている。少なくとも僕はそのように考えるが、ではその共通項とは何だろう?
 『遊戯の終わり』のストーリーはこうだ。三人の女の子がとある家に住んでいる。家の裏手には線路があって、電車が通るたびに彼女らは乗客に見える位置から様々なポーズをとる遊びをしている。乗客のひとりの男の子がその様子に惹かれ、走る電車から彼女らにメッセージを残す。異なる世界の住人同士のささやかな交流がはじまる。
 前述の寺尾隆吉は短編『遊戯の終わり』を「全くの日常的な作品」としているが、僕は舞台が日常にあっても作中にはコルタサル的で異常な要素が含まれていると思う。それはつまり、交わるはずのない両者の接点が鉄道であるという点だ。考えてもみて欲しい。眼前を猛スピードで走り抜ける鉄道! 駅や車内でもないのに、ふわふわした少年少女が出会えるもんなのか? いや日常の話だし物理的には可能なんだろうけど、でもここには抗いようのない圧倒的な「速度」の表現がある。そしてこの「速度」はコルタサルの他の作品、それも『夜、あおむけにされて』や『南部高速道路』などの非日常的な作品にも現れるものなのだ。速度こそはコルタサルを特徴付ける強力なモチーフの一つなのだ、と少なくとも僕は考えている。『遊戯の終わり』で幸運にも巡り合った少年と少女たちだったが、運命の歯車は息つく暇もなく回転を続け、電車は来たときと同じようにただ去っていく。
 それにしても、青春はあっという間だって皆言うけれど、それをコルタサルほど端的に描いた作家が一体何人いるだろう?

 

遊戯の終わり (岩波文庫)

遊戯の終わり (岩波文庫)

 

 


死せるものたち(ジェイムズ・ジョイス
 完璧な作品には何も付け加えられない。既にある解説もこれ以上なく充実している。ぼくが今更書くべきことなど何もないし、そして何より、解説を読んでも読まなくてもこの作品は最高だと思う。
 短篇集『ダブリンの人びと』には新潮、岩波、ちくまの各文庫版がある。新潮の訳者はジョイス訳者として知名度がある柳瀬尚樹だが、この人はこの難解な短編集をろくに解説しないどころか、作品の背景の説明もほとんどしない。それはちょっと……という人は、ちくまと岩波の両文庫版には詳細な解説や作品ごとの解題があるのでそっちのがいいかも。ちなみにこの短篇集の成立に際してはそれなりに興味深い事情もある。
 あとこの作品ちょっと長くて、中編じゃねえかって色んなところで突っ込まれてるけど、そんな枝葉末節に拘るのは人生の浪費なので気にしてはいけない。そもそも短編で通用すると思うけどなあ。

 

ダブリナーズ (新潮文庫)

ダブリナーズ (新潮文庫)

 

 


エズミに捧ぐ(J・D・サリンジャー
 かの有名な『ライ麦畑でつかまえて』の作者であるが、サリンジャーには『ライ麦』以外にも熱烈に支持されている小説があるのをご存知だろうか。『フラニーとゾーイー』『ナイン・ストーリーズ』といった作品がそれで、『ライ麦』が青臭くて肌に合わないスノッブでもこの2つは褒めるという人が結構いる。
 『エズミに捧ぐ』も短編集『ナイン・ストーリーズ』所収の作品である。ところでこの『ナイン・ストーリーズ』は実に素晴らしい一冊だ。村上春樹はこの本の短編で2つばかり気に入らないものがあるようだが、(具体的な作品名は明らかにしていないが想像はつく)あとの7つにはそれほど文句の付けようも無いはず。私見ながらレベルは明らかに高い。
 サリンジャーの短編にはある種の美学があり、読後の余韻が非常に重視されている。読めば分かるが彼の短編は構成的に独自のセオリーを持っていて、そしてサリンジャーは間違いなくそうした変奏の名手だった。彼の作家としての全盛期が長続きしなかったのが惜しまれる。
 さて、『エズミに捧ぐ』は『ナイン・ストーリーズ』の中でも非常にサリンジャーらしい作品だ。作中には彼の主要なテーマといわれる「イノセンス」らしきものが端的に表れている――まあこれはある程度サリンジャーを知っている人なら一読して分かることだが、『エズミに捧ぐ』はもう少しだけ奥深い。これはサリンジャーの変遷の過渡期にある作品なのだ。
 この小説の主人公は、命を吹き込まれた多感な少年ホールデン・コーンフィールドではない。東洋的な独覚を志向し、ついには読者の視線すら拒絶するグラース家の非現実的な神童たちでもない。舞台は第二次大戦、主人公はノルマンディーに参加する兵士の一人だ。執筆にあたってはサリンジャーの戦場体験が生かされ、内にこもりがちな人生を送った彼が、自身の社会的な経験を昇華させた例外的な作品となっている。そして戦争後遺症を扱ったこの小説で、サリンジャーは虚構を許容しない当事者の立場と、容易に救済されないマイノリティの立場の双方を併せ持つことになり、そのために『エズミに捧ぐ』は作者に妥協を許さない作品となった。
 それがこの『エズミに捧ぐ』の良さだ。
 発表当時のベトナム戦争が影を落とす世相もあってこの小説は一躍注目の的となった。さて、そこから半世紀を経た現在、この小説の価値は失われただろうか? そんなことは……まあ読んだ人間が判断すべきことだろう。戦争も、それに苦しむ人々もまだまだ絶えない。そして全ての人々が同情されることもありえない。この小説を読んだ人は言うかもしれない。「エズミなんてどこに存在するんだ? 全く非現実的じゃないか」確かにエズミなど存在しない。でも彼女はどこかにいる。
 よく分からないことを色々と書いたけど、『ライ麦』の瑞々しいティーンの足掻きから『ゾーイー』の独りよがりで安っぽい救済へ至る途上の、他者との関係の中に、安易な逃避を是とせず救いの形を模索したサリンジャーの姿がこの小説にはあると僕は思う。『ナイン・ストーリーズ』、今なら『ライ麦』名訳者の野崎孝訳が買えるけど、あと何年か経つと2012年刊行の柴田元幸訳が文庫落ちして『フラニーとゾーイー』みたいに読めなくなる可能性もあることだし、買うならお早めに!

 

ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)

ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)

 

 

 

冷たい方程式(トム・ゴドウィン
 SF短編だ。大真面目に入れている。名編集者ジョン・W・キャンベルにまつわるエピソードでも有名で、誰が決めたのかよく分からないSF五大短編というのにブチ込まれていたりもする。でもこの作品の真価はSF界でどのくらい受容されているだろう?。
 この作品は多くのSFファンに衝撃を与え、「方程式もの」というジャンルまで生み出したが、今やせいぜい一過性のハードコアSFムーブメントの火付け役くらいにしか思われていない気がしてならない。まあぼくはSFの動向に詳しくないので以上は単なる言いがかりだが、ところで僕は『冷たい方程式』は大変に優れた小説だと思っている。この作品は文学史上の数多の名作や古典にも引けを取らないに違いない。本気でそう思っている。
 ところで、SFに明るくない人にも想像つくと思うが、SFで宇宙に行くのは実に簡単だ。月なんて軽井沢、火星にも大体福岡くらいの感覚で着いてしまう。パーマーエルドリッチに会うのも、ソラリスで恋人と暮らすも自由自在。SF人たるわれわれにとって宇宙遊泳など海水浴のようなものだ。凡庸な宇宙人など最早一瞥にも値しないだろう。
 しかしまあ、SF以外の世界でも実は宇宙は現実に存在している。ところで現実の宇宙ってどんなものだっけ? 小難しい知識が無くともイメージは浮かぶだろう。はいはい、まず空気が無くてほぼ真空だ。分子が無いため温度もほぼなく絶対零度。光る星はどれもうんざりするほど遥か彼方。資源もない。生命もない。では何があるんだ? こういう問いに対して「孤独」とか「虚無」とか答える人が多いのは別にSFに限った話ではないが、まあ少し待ってほしい。そいつらの前にまず、宇宙には各種の絶大な困難が存在するはずだ。
 もしかすると、それらは困難と呼ぶにも物足りないかもしれない。現実の宇宙には人間的な要素など微塵も存在せず、広大な宇宙の前にあっては、文明による苦難の大部分は困難の名にすら値しない可能性すらある。そんな無明の真空の中を、宇宙船とともに、辛うじて内部に人間的な空間を保ちつつ進んでいく――それが現実の宇宙開拓の姿であり、更にいえば、有史以来のあらゆるフロンティア、人類と自然の苛烈な接点の似姿でもあるのだ。
 『冷たい方程式』が描くのはそんな世界だ。

 

冷たい方程式 (ハヤカワ文庫SF)

冷たい方程式 (ハヤカワ文庫SF)

 

 


 

石を愛でる人(小池昌代
 僕より年下の大学生か高3生ならこの小説を読んだことがある可能性はそれなりに高い。2015年センター試験の国語にこの短編の全文が出題されたからだ。
 この年の現代文はどうも易化した上にキャッチーなフレーズも無く話題にならなかったようだが、僕は昔バイト先の学習塾でこの問題を見かけて、奇特にもそれを解いてみたのだった(センター現代文しか誇るものがなかった人間の末路と周りに言われた)。本文を読み終えて、何となくもやもやした気分になった。「石が一体どうしたんだ?」「何でこんなタイミングで話が終わるんだ?」そして後になって、これは良い小説だと思うようになった。
 受験生にとって、入試の場で優れた文章に出会うことが幸福なのか不幸なのかは分からないけど、少なくともこの文章自体はあまり受験の文脈には優しくないように見える。たとえば、受験国語には「タイトルからテーマを探れ」みたいなテクニックがあるけど、この『石を愛でる人』の主題は石とはほぼ関係ない。この小説の石とは「水石」で、仮に受験の文脈に沿うならば重要なのは水の方だろう。石は水を想起する触媒に過ぎない。
 これ以上書くと無粋なので止めるけど、この小説の構成は実はかなり万人の目に見える形で説明できて、あるパラメーターを設定するとグラフっぽいものすら書ける。そのことが分かれば、この小説が少しばかり奇妙なタイミングで結末を迎える理由も、石を見つめる人間たちの姿も、脆さだけではない、彼らの芯を通った強さすらも仄かに見えてくる。本当に。センター試験も隅には置けない。

 

感光生活 (ちくま文庫)

感光生活 (ちくま文庫)

 

 


 
微笑がいっぱい(リング・ラードナー
 この小説にわざわざ解説を書いた人間は日本にはいないが、おそらく何を書いても蛇足にしかなるまい。読めばそれで十分だ。あとサリンジャーが好きな各位は読むように。何せこの短篇は『ライ麦』のホールデン・コーンフィールド君も愛読しているのだから(嘘じゃない。『ライ麦』の本文にもちゃんと登場する。ただし読んでいないと分からないような形で)。でも短篇集の巻末にある対談で、村上春樹柴田元幸もこの『微笑がいっぱい』に言及しないのは不思議だ。両人ともサリンジャー訳者で、特に村上春樹ライ麦を訳しているのに。そんな小ネタは下らないとばかりに無視するのはよくない(知らないことはないと思うんだけど)。まあしょうもない揚げ足取りは置いておいて、『微笑がいっぱい』、本当に素敵な短編なのでもっと読まれて欲しい。復刊されて嬉しかった。

 

アリバイ・アイク: ラードナー傑作選 (新潮文庫)

アリバイ・アイク: ラードナー傑作選 (新潮文庫)

 

 


ヤング・グッドマン・ブラウン(ナサニエル・ホーソーン
 古典中の古典。だからということはないが、この短編を読むには予備知識が必要だ。
 舞台はセイラム村。ホーソーン自身もこの近隣の出身で、ここは「セイラム魔女裁判」という出来事(というか事件)で知られている。詳細はWikipedia。大雑把に纏めると、村民同士がお互いを魔女だと密告し合い、大勢が処刑される魔女狩りの様相を呈した惨劇、といったところになる。犠牲者の数は二桁に上った。
 小説に魔女裁判自体は登場しないが、次のようなストーリーだ。セイラム村の純粋な青年ブラウンは、ある晩出かけた森の中で黒魔術に興じる村民の姿を見かける。その中には敬虔な老婦人や牧師その人、さらにはブラウン自身の妻フェイスまでもが含まれていた。悪夢の儀式が進行する中で彼はフェイスを救おうと絶叫し、ふと気が付くと辺りには誰もおらず、ただ暗い森が広がっているばかりだった。すべては夢だったのか? その日以来ブラウンの信心と快活さはなりをひそめ、彼は気難しく沈んだ人間として生涯を送ることになった。

(翻訳はこちらのpdfでも読むことができる)

 

 この小説の解釈の針路は真っ二つに割れる。ひとつは、これは主人公が狂気に至る物語であるとする立場だ。善良な村人に、あるはずもない暗い影を見る。それは狂気のしるしであり、惨劇の予兆に他ならない。のどかな村を囲む暗い森の対比が住人の心情の二面性をくっきりと特徴づける。歴史的な裏付けと、戯画的な悪夢の描写は読み手を魅了してやまないだろう――凡百のサスペンスなど及びもつかない。一般に支持されているのはこちらの方だと思う。

 そしてもうひとつの立場は――僕はこっちの方が好みなのだが――主人公は正気だった、とする立場だ。一見上の逆張りに見えるかもしれないが、これはこれで根拠がある。彼はまったくの正常だった。ではなぜ、彼は森であのような悪夢を見た上に、その後の人生を塞ぎ込み、そのまま死んでいったのか? その答えはこうだ。彼はその良心ゆえに現実を直視し、口を閉ざしたのだ、と。
 この小説の正確な時代設定は分からない。ただ舞台がセイラム村であり、そしてホーソーンが生まれ育ち、この小説を書いたのはセイラム魔女事件の1世紀以上後という事実があるのみだ。でも、もし主人公ブラウンがホーソーンと同じく事件から幾年かを経た後の人物ならば、森でみた悪夢はブラウン自身の脳裏にある村の歴史が実体化した結果ということになる。さて、これは単なる狂気なのか?
 またこの小説の冒頭、森へ赴く前のブラウンとフェイスの会話は……読めば一目瞭然だが、理想的なまでに純粋だ。知恵の実を口にする前のアダムとイブのように、彼らは不自然なほどに穢れを知らないように見える。映画『トゥルーマンショー』冒頭の街並みのように、不穏さを掻き立てるほどに平穏な時間がそこにはある。会話の終わり、フェイスはブラウンに行かないで、と懇願し、ブラウンは彼女に口づけをして森へ向かうことになる。
 以下は私見になるが、森でブラウンが目にした悪夢とはつまり、人間の悪徳そのもの、それも全く善良な人間の内から生じる悪徳なのだ――あたかも楽園の内に発した原罪のように。それは善良な彼には受け入れがたい話であったものの、平和で牧歌的そのもののセイラム村に刻まれた歴史の如く分かち難いものであり、いずれ彼はそれを直視せざるを得ない運命にあった。そして悪夢の終わり、彼がその名を叫んで選びとったのはフェイス、誠実さを意味する妻の名であり、その後の彼が口を閉ざし、人を信じぬ男になったのも、悪夢に相対する良心のなせるわざだったのではないかと僕は思う。

 もちろんこれは数ある解釈のひとつに過ぎないけれど、僕はこのブラウンの気高さが好きだ。暗い過去を持ち、暗がりの時代を生きる人間は彼だけではないのだから。

 

ホーソーン短篇小説集 (岩波文庫)

ホーソーン短篇小説集 (岩波文庫)

 

 

死に際する願い(The Economist)

 脳卒中を起こしてからというもの、マリアの父はもはや喋ることもできなくなった。それでも娘は父に言葉を掛け続け、彼は祈り続けた。最後の日には多くの苦しみが訪れたが、息を引き取るとき、彼女の手を握った父は安らぎの中にあったのだとマリアは信じている。彼女自身の死については、大事なのは『精神の安らぎ』であり、それが最重要事項とのことだ。

 いささか感傷的な紹介になったこのブラジル人のエピソードは、エコノミストとカイザー家族財団(医療や健康に関する提言を行うアメリカの非営利団体)が共同で行った調査*1の中で収集されたものだ。少なくとも88%の人間が、『安らぎの内に臨終を迎えること』を『きわめて重要』あるいは『かなり重要』と考えている(表参照)。アメリカと日本では『家族に医療費の負担を掛けないこと』が最も重要視される結果となり、『きわめて重要』と答えた人がそれぞれ54%、59%にのぼった(日本人はたぶん葬儀費用のことを気にしている。平気で300万とかいくからね*2)。イタリア人の3分の1は愛する人と過ごすことを重視した。ブラジルは『痛みやストレスを減らすよりも、長く生きることを目指す』と答えた人の数が、他の選択肢をひとつでも上回った唯一の国だった。

https://cdn.static-economist.com/sites/default/files/imagecache/1280-width/images/print-edition/20170429_IRC499.png

 宗教がこれらの違いのいくつかを説明してくれる。ブラジルでは他のどの国よりもカトリックが多い。おそらく多くの人間が、人生を可能な限り延長すべきとする教会の歴史ある主張に影響され、そのことに英雄的な価値さえ感じているのかもしれない。アメリカなどで起きた法廷闘争で、家族が長期にわたって植物状態になっている身内からチューブを外すよう求めたとき、教会は多くの場合反対の立場を取った(今どき論議の種になるのは、治療を拒否する患者の決断や痛みを除くための早期の死*3そのものよりも、積極的安楽死についてのみなのだが)。83%のブラジル人が、彼らがどのように死を迎えるかについての考えに、宗教が主要な役割を果たしていると回答した。この数字はアメリカでは50%、イタリアでは46%だった。

 日本では、宗教が意思決定に主導的な役割を果たすと答えた人はたったの13%だった。別の調査の結果では、日本人の大多数は自身を無神論者、もしくは無宗教と考えているようだ。しかし、『精神の安らぎ』は日本でも同じように重要視されている――それが死についての諸項目の中で2位につけているからだ。

 長く生きるか、穏やかに死ぬか、人々が重視するものの違いは、提供されている医療の質や、彼らの個人的な物事の受け取り方によっても左右される。90%のブラジル人が、彼らの医療システムを『まあまあ/不十分』と評価している。他の3国の数字は54〜61%なのに。ブラジルの憲法は全国民への無料の医療を包括的に保障しているが、システムはその理想を大幅に下回っている。既に3年にわたって足を引っ張っている不況が発生する以前でさえ、医療は頻繁に不安定になっていた。近頃では、リオデジャネイロを含む大都市で、資金難に陥った病院の廊下で死んでいく患者の姿が見かけられる。

 アメリカやイタリア、日本の学位を持った人々は、終末期のケアに関して、苦痛を短縮することに対し、延命を重視する議論が多過ぎると述べる傾向にある。教育を受けた人々にはまた、患者とその家族は、終末期の過ごし方を決定するのにもっと大きな役割を果たすべきと述べる人間が多い。

 約半数の黒人のアメリカ人と、それと同じくらいのラテン系の人々は、医療は死を防ぐことを軽視し過ぎていると答えた。この数字は白人では28%だった。他の調査によれば、マイノリティが病院で死ぬ可能性は白人よりも高い。裕福なアメリカ人は、収入の低い人間と比べ、家やホスピスで死ぬ傾向が強い。これら全てはひとつの苦い皮肉を示している。最も医療を必要としている人々がそれを受けられるのは、既に手遅れになった時だけなのだ。

 

原文はこちら

 

 

 

 

*1:カイザー家族財団によるレポート

Views and Experiences with End-of-Life Medical Care in Japan, Italy, the United States, and Brazil: A Cross-Country Survey | The Henry J. Kaiser Family Foundation

*2:ここで「何で医療費が葬式の話になるんだよ」と思ってしまってかなりグダった。てか他の国の人は葬儀の費用のことあんま考えないのか?

*3:尊厳死のこと

テレスクリーンと黄色い調べ

ジョージ・オーウェル1984年』の第一部七章で、テレスクリーンが唐突に歌い出すシーンがある。作中で「黄色い調べ(Yellow Note )」と呼ばれる音楽で、「一風変わった、耳障りでロバの鳴き声を思わせもする聞き手を馬鹿にしたような音調」高橋和久訳)と形容されるその曲の歌詞がこれ。

 

生い茂る栗の木の下で

俺はお前を売り、お前は俺を売った

奴らはあそこに横たわり、俺たちはここに横たわる

生い茂る栗の木の下で

おおきな栗の木の下でー

あーなーたーとーわーたーしー

なーかーよーくー裏切ったー

おおきな栗の木の下でー

  • 高橋和久訳『一九八四年[新訳版]』P120

大きな栗の木の下で
あなたと私
仲良く裏切った
大きな栗の木の下で

  • H.Tsubota訳『一九八四年(Nineteen Eighty-Four)*1

 

まず、童謡『大きな栗の木の下で』に即して訳した下二つの翻訳は適切ではない。

歌詞は原文だとこうなっている。

Under the spreading chestnut tree
I sold you and you sold me:
There lie they, and here lie we
Under the spreading chestnut tree.

 いい加減コピペが面倒になったので引用しないが*2、一応このラインは英語版の童謡の歌詞と類似している。しかし、理由については後述するが、「黄色い調べ」自体は別の曲だと考えるべきだ。

では何が原曲なのか。結論からいえば、実際に「黄色い調べ」のモデルになったのは以下の曲と言われている。

 

  • Glenn Miller - The Chestnut Tree

Underneath*3 the spreading chestnut tree
I loved him and he loved me
There I used to sit up on his knee
'Neath the spreading chestnut tree

There beneath the boughs we used to meet
All his kisses were so sweet
All the little birdies went "tweet-tweet"
'Neath the spreading chestnut tree

I said "I love you", and there ain’t no if‘s or but’s
He said "I love you", and the blacksmith shouted "Chestnut!"*4

 グレン・ミラー*5オーウェルの青年期に一世を風靡したトロンボーン奏者。戦時中に慰問楽団として従軍し、1944年12月、乗っていた航空機と共に英仏海峡で消息を絶った。

 

原曲を明らかにしたついでに一番上の新庄訳にも触れると、まず原曲の歌手が女性だから女性が歌うように訳すべき(8/23追記:この箇所に関しては微妙な問題が存在する。詳細は補足*6)というのがひとつ。それが英語圏の読者の想像する形に近いだろうし。

ただ、それにも増して重要なのが、もっと明るい雰囲気で訳出すべきということだ。新庄訳のような剣呑とした訳が相応しいとは思えない。これは英語圏でも誤解している人が多いけど、原曲の楽しげな雰囲気は間違いなく小説の場面にもそのまま持ち込まれている。

 

なぜそう言い切れるのかって? 初めに書いたように、「一風変わった、耳障りでロバの鳴き声を思わせもする聞き手を馬鹿にしたような音調」というのが作中の「黄色い調べ」の描写だった。では、この表現を思い浮かべながら上の動画を再生してもらいたい。まさしくそのものであることが分かるはずだ。

一体なぜオーウェルはこんな回りくどい表現を使ったんだろう。答えは簡単。『1984年』の全体主義国家にはジャズが存在しないからだ。全編くまなく探してもジャズなんて言葉は見つからない。歴史や文化が制限されるオセアニアでウィンストンはジャズを知らず、代わりに黄色い調べという呼称を用いたわけ。

童謡なんかじゃないってこともこれではっきりしただろう。

 

1984年』の世界における良き市民、明るい社会を描写したのがこの「黄色い調べ」だ。その原曲との乖離が全体主義国家オセアニアの歪みを読者の前に明らかにする仕掛けなのに、現在ある日本語訳ではそれが分からない。

 

 

*1:http://open-shelf.appspot.com/1984/part1/chapter7.html

*2:恣意性を排するためにここで引用する。

Under the spreading chestnut tree
There we sit both you and me
Oh how happy we will be
Under the spreading chestnut tree.

黄色い調べと非常に似ているが、なにぶん系統が近いので仕方ない。元々はキャンプの遊びの際に歌われる曲だったのを、ミラーが戦時下に録音したものが流行になり、またGHQの占領を契機に日本でも広まった。童謡として認知されているのは前者の影響らしい。

民謡収集家のアン・ギルクライストによると、その原型は 'Go no more a-rushing'と呼ばれる古いイギリスの歌であり、ジャイルズ・ファーナビーによるヴァージナル(チェンバロっぽい楽器)のアレンジ(その際には 'Tell mee, Daphne.'という名前になっている)などを経たとしている。元々は舞踏曲だったとする見方もある。

*3:小説のラインはUnderなのにこっちはUnderneathで別物じゃん、と思われるかもしれないが、これが党の管理する放送であることを思い出して欲しい。

勘の良い人なら気付いたかもしれない。作中で単語がシンプルなものに置き換わるロジックがあっただろう。これはニュースピークの影響と考えられる。

*4:この歌詞の最後、「鍛冶屋は叫んだ、『栗』」って何のことだ?と思った人がいたかもしれない(いないだろうけど)。実はこれ、オーウェルがわざわざミラーの曲を持ち出したそもそもの理由に繋がるかもしれない重要な点だ。

「鍛冶屋」とは何か。それは、アメリカの詩人ロングフェロー1840年に発表した『村の鍛冶屋』(The Village Blacksmith)という詩に由来する。(http://www.hwlongfellow.org/poems_poem.php?pid=38

 Under a spreading chestnut-tree
The village smithy stands;
The smith, a mighty man is he,
With large and sinewy hands;
And the muscles of his brawny arms
Are strong as iron bands.

「黄色い調べ」およびグレン・ミラーの曲のラインもこの詩に由来する。

そして、ここでいう栗の木(chestnut-tree)は、一般に正義や誠実さの象徴として解釈されることが多い。

このことは「黄色い調べ」が描き出すオセアニア社会についても示唆を与えてくれるだろう。『1984年』の世界では、誠実、潔白、正義の名のもとで裏切りが起こり、真実の道徳的価値が改変され、その結果人間の感情が破壊されることになる。

*5:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%A9%E3%83%BC

余談だけどミラーは同じく作中に出てくる 'Oranges & Lemons'のアレンジも手掛けていて、慰問楽団を率いていた陸軍航空隊時代に発表している。(良い曲なのでリンク貼りたいけど生きてるのが少ない……関連性薄そうだしいいか)

*6:'The Chestnut Tree'のビッグバンドによるアレンジには、39年のGlenn Millerより前に38年のIvor Kirchinによるものがある。

Underneath the spreading chestnut tree
I loved her and she loved me
There she used to sit upon my knee
'neath the spreading chestnut tree

そしてこちらの歌詞は男性視点となっている。新庄訳がこの版に則って行われた可能性を無視して安易な批判を加えるべきではないだろう。
付け加えておくと、知名度的にはMillerの方が高く、英語圏のインターネットでも原曲をMillerのものとしてやり取りしている例の方が多いようだ。

また、これまでに引用した通り、MillerやKirchinの詞にあるHeやSheは、黄色い調べの中ではYouになっている。もしかすると、性別を強調せず、中性的に翻訳するのが妥当なのかもしれない。ウィンストンと同じ悲劇がジュリアにも起こったことを考えても。

道徳に関する個人的な覚え書き

 この話は自分が浪人していた頃、いわんや自ら進んで語るに似つかわしくない時代の出来事であるためか知らずか、語り口にも内容にも少なからぬ改変が加えられており、しかしながら、この挿話の出発点であり、某アイリッシュの作家が「記憶の娘たちの作り話」と書いた歴史そのもののように、ひとまず存在したには違いない過去の記録であること、したがって、一部の賢明な読者によってこの話し手が推察された場合にも、文責の一切は私に帰せられるべきことをはじめにお断りしておく。
 わざわざ書き残すようなことなのか、という疑問には一考の余地があるけれど。
 
 
 
 その日の授業は世界史だった。
 かの有名な劉備項羽を倒して天下統一、かくして前漢の世が始まった。跡を継いだ文帝は内治を強化、そして七代武帝が登場する。
 武帝は財政を強化するとともに、儒教を国教化したことで知られている。
 
儒教を国教化したことで知られている』
 
 そこまで説明したあと講師はチョークを置き、皆の顔を見回して聞いた。今の話におかしなところはないか、と。
 
 黙りこくった生徒たちをみた講師は満足げに頷き、こう続けた。儒教の開祖は誰だ?、と。
 
「知っての通り、儒教の開祖は孔子です。そして彼は春秋戦国時代の人間です。意外なことに、当時の彼は人々にあまり相手にされませんでした。本当ですよ。
 そんな相手にされなかった彼の思想がなぜ前漢になって復権し、国教にまでなったのか、不思議じゃありませんか? どうでしょう皆さん……? 理由が分かる人はいないようですね。おそらく高校では絶対に習わなかったでしょう。
 では説明しましょう。孔子が生きた時代は戦乱の世の中でした。そのような状況下で道徳を説こうにも、当時の人々には彼を相手にする余裕が無かったのです。命がけで戦っているのですからね! その代わり、より実用的な知恵を専門とする法家、戦争のための兵家といった思想家が重用されていました。
 さて、時代は変わり、前漢の時代になると平和が訪れました。兵家と法家の時代は区切りを迎え、平和の時代にふさわしい思想が台頭します。それが儒教だったのです。
 なぜ儒教が国教化したのか。様々な背景がありますが、ひとつ言えることは、儒教には上下関係を非常に大切にする特徴があった、ということです。
 『三歩下がって師の影踏まず』という言葉をご存知ですか。これは江戸時代の言葉だったと思いますが、儒教の精神をよく表しています。弟子が尊敬する師の影を踏むことすら恐れおおいと考えて、三歩だけ下がって影も踏まないようにした、という故事です。
 ところでこの『三歩下がって師の影踏まず』、この故事に師の意思は絡んでいませんね。弟子が自発的にそうしているだけです。当たり前ですね。自分の影を踏まれたからといって怒る人はいませんし、つまり弟子に強制するわけもありません。『俺の影を踏むなぁ!!』なんて怒る人がいたら……完全に頭がおかしい人ですね(笑) そんな奴の影は積極的に踏んでしまえばいい(笑)。
 儒教もこれと同じで、表向きはあくまで内面の心を磨いた結果が行動に現れるというスタンスを取っています。師を思う気持ちが行動に現れるわけですね。
 ところが、私の高校時代の話をしましょう。数学の先生に態度が生意気だと叱られたときのことです。こう怒鳴られました。『三歩下がって師の影踏まず、という言葉を知らんのか!!!』(笑)
 今の話を聞いた皆さんはこのおかしさが分かるでしょう。『それは師であるお前が言うことじゃないだろ!』、と。それが正しいですよ。まったくその通りです。
 しかしながら、実はここにひとつの真実が含まれています。道徳とはしばしばこのように変質してしまうものなのです。
 それはおそらく、前漢儒教においても同じだったのでしょう。『上の人間を敬え!』と。つまり、師を敬うべしという心構えが、上の立場から強制されるものになる。その他の美徳についても、自主的に実行されるはずの項目が、いつのまにか義務になってしまう。
 このようにして上下関係をより強固に、平和な世の中において上の立場に立つ人間をより安泰にするために、儒教は利用されたのだと私は考えます。
 私の言っていることは極端に聞こえるかもしれません。それは仕方のないことだし、それに対して釈明しようにも時間は限られている。今はただ、倫理的な規範というものは総じてこのような特質を備えていると断言するに留めておきます。
 皆さんにはよく言っておきましょう。道徳とは危険なものです」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

めだかの学校

英語のなぞなぞのひとつに、

Why are fish smart?(魚はどうして頭がいいの)

と問いかけるものがある。答えはBecause they are always in schools.(いつも群れになっているから)で、in schools(群れになっている)を「学校にいる」と掛けている。まあ他愛もない冗談なんだけど、この話を聞いてふと思ったのが「めだかの学校」のタイトルのこと。直訳するとschool of rice fishになるが、こうなると単なる「めだかの群れ」になってしまう。英語版ではこの齟齬をいったいどうやって解決しているんだろう。英語版があるのか知らないけど。

大工よ、屋根の梁を高く上げよ

 短編『フラニー』そして中編『ゾーイー』、50年代半ばに発表されたこの著名な連作は、作者の著作の中でもとくに有名で、両者の間に発表された別のグラース家の物語がしばしば霞んでしまうように思える。短編『大工よ、屋根の梁を高く上げよ(Raise High the Roof Beam, Carpenter)』だ。1955年発表、長兄シーモアの結婚式に際しての一日が描かれる。
 
 陰が薄いからつまらない作品かというとそうでもなく、むしろ数あるグラース・サーガ中で最も展開が動く楽しい短編だ。ストーリーはこんな感じ。
 ことあるごとにその天才性を発揮するグラース兄弟、その長男シーモアは、今回も内なる精神のはたらきに唆されて自分が出るはずだった結婚式を欠席してしまう。残されたのは花嫁とその大量の親族、それに花嫁側と比較するとかなり少ない花婿の関係者たちだった。そしてこの物語は以上最後のグループの一人、シーモアの弟バディの手によって記録されることになる。
 ともかく華燭の典はぶち壊しになり中止、招待客を会場から移動させるための車が手配され、バディは怒り狂う花嫁の親族の一派と同乗することになる。肩身の狭い思いをしながら式場を後にするバディ。そして面倒ごとは簡単には終わらない。車に乗ったはいいものの、渋滞に巻き込まれ、行き先もろくに定まらない。花嫁の親族たちは車内でシーモアをこれでもかとばかりにこき下ろす。その当人の弟であるバディは当然反論もできず針の筵である。
 
 楽しい話でしょう?僕はそう思う。
 
 この短編はシーモアの才覚というより、シーモアと世間の乖離、そしてそのズレに振り回されるバディの苦労を描いていて、僕はむしろ『ゾーイー』なんかよりもよほどグラース家の絆を感じさせられて好きである。もっとも、この作品は単なるコメディのままでは終わらない。特にシーモアと世間の感覚の乖離は物語の終盤でかなり衝撃的な形をもって読者に呈示されるのだが、グラース兄弟はそんな困難を乗り越えてなお彼らの不安定な導き手たるシーモアを支える決意をみせている。この絆はもはや家族にしか通用しないものなのだろう。もしくは、バディの後ろの席に座った聾者のみせたような何か――。彼の残した吸い殻を白紙とともにシーモアに捧げるバディの行為は、シーモアに対する理解が無尽蔵の器を必要とすることの裏返しでもある。
 
 タイトルの話をしよう。タイトルの『大工よ、屋根の梁を高く上げよ』は、作中でシーモアとバディの妹ブーブーが自宅の鏡に書き記したメッセージから来ている。
 
 大工よ、屋根の梁を高く上げよ。アレスさながらに、丈高き男の子にまさりて高き花婿来たる。先のパラダイス放送株式会社専属作家アーヴィング・サッフォより、愛を込めて。汝の麗しきミュリエルと何卒、何卒、何卒おしあわせに。これは命令である。予はこのブロックに住むなんびとよりも上位にある者なり

 

 このメッセージの前半は、古代ギリシャの女流詩人、サッフォの婚礼を祝う詩*1から引用された。「偉大な花婿が来た!」と、一見兄の結婚を手放しに喜ぶ文章にも読めるけれど、花婿の親族サイドが書く文章として少し不自然ではないだろうか。特に、最後の「何卒、何卒――。」の部分には陽気な前半と異なる不思議な、それでいて何か祈るような切実な思いが読み取れる。

 サリンジャーがサッフォを引用した意図は何だろう。おそらくそれがこの短編を理解する最大の鍵だ。結婚を手放しに祝福する古代の詩句に、サリンジャーは明らかに別の意図を組み込んでいる。

 

 余談だけど、引用に本来と違う意味を含ませてタイトルにするのはヘミングウェイ*2が『日はまた昇る』『武器よさらば』で使っていた手法でもある。

 

大工よ、屋根の梁を高く上げよ/シーモア-序章 (新潮文庫)

 

 

 

大工よ、屋根の梁を高く上げよ/シーモア-序章 (新潮文庫)

 

 

 

 

*1:Fr91 "EPITHALAMIA, BRIDAL SONGS" http://www.classicpersuasion.org/pw/sappho/sape08.htm

原文はもちろんギリシャ語。サリンジャーが引用したのはソース元にもあるH. T. Whartonの英訳

*2:サリンジャーヘミングウェイを嫌っていたことで有名だったりする

フラニーやんけ

ライ麦畑でつかまえて』で一躍脚光を浴びたアメリカの作家、J・D・サリンジャーは、当代随一のハイソな雑誌「ニューヨーカー」にて、高額な原稿料と自由で広い紙面、そして親身な編集長を味方につけ、当時の文壇で随一の勢いを誇っていた。50年代半ば、『フラニー』そして『ゾーイー』の二編の連作小説を発表した頃のことだ。
 特に後者の『ゾーイー』は、原語にして三万語を越える中編小説で(翻訳は文庫で200ページ近くある)、これをひとつの雑誌で発表するのは相当無茶な行為だったと思う。だが行為の無謀さに反して評判はすこぶる良く、『ゾーイー』は今に至るまでサリンジャーの最も主要な作品と見なされている。

 余計なこと書きすぎた。『フラニー』『ゾーイー』のメモだ。

 『ゾーイー』の前日譚、『フラニー』の冒頭において、少女フラニーは悩みを抱えている。周囲を取り巻く腐った世界に思春期にありがちな憤りを覚えているのだ。
「何よあいつら!」って……。このフラニーは大学で演劇部に所属しているのだが、実はそこで繰り広げられる競争に嫌気が差しちゃったのだ。競争は嫌い、張り合うのは嫌い。何故なら、フラニーは綺麗な世界に住んでいたいのだ。もううんざり。
 しかしながら、問題はそれだけではなかった。競争したくないフラニーなのに、自分も競争してしまうのです。自分が思うような人間になれない、理想に対して誠実になれない。この矛盾がフラニーを苦しめる。
 どうして人間は張り合おうとするの? 自分を大きく見せようとする人間のエゴには吐き気がする。そして――何より嫌なことに、自分もそうした人間の一人なのだ。無欲になりたい、とフラニーは願う。それが『フラニー』の土台となっています。

 『フラニー』の作者――J・D・サリンジャー――は、作風として、非常に賢い子どもを書いたことで知られています。特に彼の描いたグラース兄妹は大人顔負けの知性を誇り、実は『フラニー』のフラニー・グラースも例外ではない。だから、「無欲になりたい」という悩みを解決するにあたって、フラニーがとった方法はきわめて非凡でした。この人は自身の悩みを宗教と関連付けるのです。

 無欲になりたいフラニーは最終的に、「巡礼の道」というキリスト教の本(現実に存在するらしい)、この中に記されていた、真の信仰、キリスト教的な無私と寛容の精神を実現する方法を実践します。その方法とはこうだ。 
イエス・キリストの名前を唱えつづける」

 キリストを唱えつづける……半世紀前とはいえ、ニューヨークの女子大生としてどうなんでしょう。ちょっと洗脳っぽくて怖いけど。
 実はこの行為に関しては『ゾーイー』の前半でバラされている通り、サリンジャーキリスト教ではなく東洋哲学から着想を得たようです。
 インド古来のジャパムのようなアプローチをキリスト教に移し換え、我々日本人が「南無阿弥陀仏」と唱えるように、フラニーは「主イエス・キリスト、われに憐れみを垂れたまえ」と繰り返し、無私と寛容の精神を手にしようとする。そんなアプローチです。

 ともかくフラニーはキリストを連呼することによって自信を回復し、とある週末、彼氏とのデートに出かけます。この彼氏はかなりの高学歴。言葉の端々から自信が見て取れる。意識高い系という言葉は徐々に死語になりつつあるけど、ちゃんと頭もいい。そして優しい。そんな大学生です。
 そんな彼も、今のフラニーにとってはやっぱりエゴの塊でしかない。彼にイライラさせられて、自分を制御できなくなり、心中の悩みを吐露してしまう。私さいきん演劇部やめちゃったの。だってあいつらギラギラしてついていけないし、私までギラギラしちゃうんだもの。もううんざり。悲しいかな、悩みは彼に理解してもらえず流されてしまう。彼氏がフラニーをどう思ってるかというのもあるけれど、悩みがレア過ぎるのも一因だと思う。ますますイライラを募らせるフラニー。鎮まれ、静まれわたし。無私と寛容の精神よ。イエスさまが私についてるもの。
 フラニーの祈りむなしく、物語のラストでついに彼女は失神してしまう。デートは台無し。彼氏との溝は深まる。信仰はかくも無力であった。
 担ぎ込まれてベッドに寝かされ、なおもフラニーは唱え続ける。イエスさま、イエスさま、イエスさま。声なき言葉は語り始める。いつまでも、ずっと。

 大変に簡略化したけれど以上が『フラニー』の概要です。後日譚の『ゾーイー』ではフラニーの救済が語られます。

フラニーとズーイ (新潮文庫)

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フラニーとゾーイー (新潮文庫)

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