野菜生活

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テレスクリーンと黄色い調べ

ジョージ・オーウェル1984年』の第一部七章で、テレスクリーンが唐突に歌い出すシーンがある。作中で「黄色い調べ(Yellow Note )」と呼ばれる音楽で、「一風変わった、耳障りでロバの鳴き声を思わせもする聞き手を馬鹿にしたような音調」高橋和久訳)と形容されるその曲の歌詞がこれ。

 

生い茂る栗の木の下で

俺はお前を売り、お前は俺を売った

奴らはあそこに横たわり、俺たちはここに横たわる

生い茂る栗の木の下で

おおきな栗の木の下でー

あーなーたーとーわーたーしー

なーかーよーくー裏切ったー

おおきな栗の木の下でー

  • 高橋和久訳『一九八四年[新訳版]』P120

大きな栗の木の下で
あなたと私
仲良く裏切った
大きな栗の木の下で

  • H.Tsubota訳『一九八四年(Nineteen Eighty-Four)*1

 

まず、童謡『大きな栗の木の下で』に即して訳した下二つの翻訳は適切ではない。

歌詞は原文だとこうなっている。

Under the spreading chestnut tree
I sold you and you sold me:
There lie they, and here lie we
Under the spreading chestnut tree.

 いい加減コピペが面倒になったので引用しないが*2、一応このラインは英語版の童謡の歌詞と類似している。しかし、理由については後述するが、「黄色い調べ」自体は別の曲だと考えるべきだ。

では何が原曲なのか。結論からいえば、実際に「黄色い調べ」のモデルになったのは以下の曲と言われている。

 

  • Glenn Miller - The Chestnut Tree

Underneath*3 the spreading chestnut tree
I loved him and he loved me
There I used to sit up on his knee
'Neath the spreading chestnut tree

There beneath the boughs we used to meet
All his kisses were so sweet
All the little birdies went "tweet-tweet"
'Neath the spreading chestnut tree

I said "I love you", and there ain’t no if‘s or but’s
He said "I love you", and the blacksmith shouted "Chestnut!"*4

 グレン・ミラー*5オーウェルの青年期に一世を風靡したトロンボーン奏者。戦時中に慰問楽団として従軍し、1944年12月、乗っていた航空機と共に英仏海峡で消息を絶った。

 

原曲を明らかにしたついでに一番上の新庄訳にも触れると、まず原曲の歌手が女性だから女性が歌うように訳すべき(8/23追記:この箇所に関しては微妙な問題が存在する。詳細は補足*6)というのがひとつ。それが英語圏の読者の想像する形に近いだろうし。

ただ、それにも増して重要なのが、もっと明るい雰囲気で訳出すべきということだ。新庄訳のような剣呑とした訳が相応しいとは思えない。これは英語圏でも誤解している人が多いけど、原曲の楽しげな雰囲気は間違いなく小説の場面にもそのまま持ち込まれている。

 

なぜそう言い切れるのかって? 初めに書いたように、「一風変わった、耳障りでロバの鳴き声を思わせもする聞き手を馬鹿にしたような音調」というのが作中の「黄色い調べ」の描写だった。では、この表現を思い浮かべながら上の動画を再生してもらいたい。まさしくそのものであることが分かるはずだ。

一体なぜオーウェルはこんな回りくどい表現を使ったんだろう。答えは簡単。『1984年』の全体主義国家にはジャズが存在しないからだ。全編くまなく探してもジャズなんて言葉は見つからない。歴史や文化が制限されるオセアニアでウィンストンはジャズを知らず、代わりに黄色い調べという呼称を用いたわけ。

童謡なんかじゃないってこともこれではっきりしただろう。

 

1984年』の世界における良き市民、明るい社会を描写したのがこの「黄色い調べ」だ。その原曲との乖離が全体主義国家オセアニアの歪みを読者の前に明らかにする仕掛けなのに、現在ある日本語訳ではそれが分からない。

 

 

*1:http://open-shelf.appspot.com/1984/part1/chapter7.html

*2:恣意性を排するためにここで引用する。

Under the spreading chestnut tree
There we sit both you and me
Oh how happy we will be
Under the spreading chestnut tree.

黄色い調べと非常に似ているが、なにぶん系統が近いので仕方ない。元々はキャンプの遊びの際に歌われる曲だったのを、ミラーが戦時下に録音したものが流行になり、またGHQの占領を契機に日本でも広まった。童謡として認知されているのは前者の影響らしい。

民謡収集家のアン・ギルクライストによると、その原型は 'Go no more a-rushing'と呼ばれる古いイギリスの歌であり、ジャイルズ・ファーナビーによるヴァージナル(チェンバロっぽい楽器)のアレンジ(その際には 'Tell mee, Daphne.'という名前になっている)などを経たとしている。元々は舞踏曲だったとする見方もある。

*3:小説のラインはUnderなのにこっちはUnderneathで別物じゃん、と思われるかもしれないが、これが党の管理する放送であることを思い出して欲しい。

勘の良い人なら気付いたかもしれない。作中で単語がシンプルなものに置き換わるロジックがあっただろう。これはニュースピークの影響と考えられる。

*4:この歌詞の最後、「鍛冶屋は叫んだ、『栗』」って何のことだ?と思った人がいたかもしれない(いないだろうけど)。実はこれ、オーウェルがわざわざミラーの曲を持ち出したそもそもの理由に繋がるかもしれない重要な点だ。

「鍛冶屋」とは何か。それは、アメリカの詩人ロングフェロー1840年に発表した『村の鍛冶屋』(The Village Blacksmith)という詩に由来する。(http://www.hwlongfellow.org/poems_poem.php?pid=38

 Under a spreading chestnut-tree
The village smithy stands;
The smith, a mighty man is he,
With large and sinewy hands;
And the muscles of his brawny arms
Are strong as iron bands.

「黄色い調べ」およびグレン・ミラーの曲のラインもこの詩に由来する。

そして、ここでいう栗の木(chestnut-tree)は、一般に正義や誠実さの象徴として解釈されることが多い。

このことは「黄色い調べ」が描き出すオセアニア社会についても示唆を与えてくれるだろう。『1984年』の世界では、誠実、潔白、正義の名のもとで裏切りが起こり、真実の道徳的価値が改変され、その結果人間の感情が破壊されることになる。

*5:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%A9%E3%83%BC

余談だけどミラーは同じく作中に出てくる 'Oranges & Lemons'のアレンジも手掛けていて、慰問楽団を率いていた陸軍航空隊時代に発表している。(良い曲なのでリンク貼りたいけど生きてるのが少ない……関連性薄そうだしいいか)

*6:'The Chestnut Tree'のビッグバンドによるアレンジには、39年のGlenn Millerより前に38年のIvor Kirchinによるものがある。

Underneath the spreading chestnut tree
I loved her and she loved me
There she used to sit upon my knee
'neath the spreading chestnut tree

そしてこちらの歌詞は男性視点となっている。新庄訳がこの版に則って行われた可能性を無視して安易な批判を加えるべきではないだろう。
付け加えておくと、知名度的にはMillerの方が高く、英語圏のインターネットでも原曲をMillerのものとしてやり取りしている例の方が多いようだ。

また、これまでに引用した通り、MillerやKirchinの詞にあるHeやSheは、黄色い調べの中ではYouになっている。もしかすると、性別を強調せず、中性的に翻訳するのが妥当なのかもしれない。ウィンストンと同じ悲劇がジュリアにも起こったことを考えても。