野菜生活

新鮮お野菜王国のマーチ

戦時下のロシア人たち(翻訳)

四月のはじめ、ウラジーミル・ジリノフスキー――極右*1のポピュリストであり、過去20年間にわたってロシア政府の主要なポストにあった75歳の遺体が、モスクワ中心部にある円柱の間*2に運ばれ、人々が弔問に訪れた。69年前にはスターリンが同じ場所に横たわり、ロシア人に対する最後の粛清の最中に突然死した指導者に対し、多くの民衆が別れを告げたのだった。

 

ジリノフスキーの葬儀はソ連時代を連想させたものの、彼を見ようと殺到する群衆の姿はなかった。遺体はアウルス・ラフィエに載せられて円柱の間に運ばれた。これは限定生産された黒い霊柩車で、ロシアの新たな高級車メーカーとして話題になったアウルス自動車が製造している。ロシア語でラフィエは「霊柩車」を意味するが、私のように80年代の前半を思い出せるような古いロシア人にとって、この言葉は暗い冗談を想起させるものだ。ブレジネフ、アンドロポフ*3チェルネンコ*4といった年老いたソビエトの指導者が相次いで死んだとき、その様子は「ラフィエのレース」と呼ばれていた。

 

ウラジーミル・プーチン大統領の身内も新たな「ラフィエのレース」に直面しているのだろうか? 現在、クレムリンにいる多くが、かつて末期ソビエトで同じ立場にあった者たちの年齢に近づいている。プーチンは10月に70歳になる。FSB長官のボルトニコフと安全保障会議*5の書記パトルチェフはともに70歳だ。外相のラブロフは72歳である。ブレジネフの老いた政治局(Politburo)がアフガニスタンに侵攻した時と似た様相であり、長老たち*6が決定したウクライナ侵攻はロシア――特に若い世代にとっての災厄となった。

 

現時点では、プーチン政権はロシアの世論を味方につけ、人々を欺いているのと同様に、ロシアが他国よりも優れているという考えに基づいて、ロシアを自立させ、自ら孤立させ、ならず者の膨張主義*7国家に変えられるのだと自らをも欺いているのかもしれない。しかし中長期的には、プーチンが「特別軍事作戦」と主張する代物は、ロシアの政治的、経済的、倫理的な基盤を破壊する運命にあるように見える。

 

AT WAR WITH THEMSELVES
プーチン政権はロシア国民を敵国のウクライナ人と同程度に扱っているようだ。その証拠に、今ロシアであえて他人と異なる考えを持とうとする人間には、公的・警察権力による圧力が掛かり、全ての独立系メディアと研究機関は閉鎖もしくは追放され、抗議運動の参加者や愛国的な熱狂に異を唱えた人までもが迫害を受けている。ウクライナ人は得体の知れない特徴のない人々の集団として表現され、クレムリンに従って非ナチ化されなければならないとされているが、このプロセスが実際には「非ウクライナ化」を意味していることは、今やプーチンの宣伝担当者が公に認めていることである。しかし同時に、ロシア国民は指導者に盲従する思考停止の大衆であるとも見做されている。さもなければ、行政による処分や拘留、社会的な追放に見舞われるのだ。ロシア軍には頑強な精鋭だけでなく、数万人の非常に若い徴兵が含まれており、義務のために従軍しているが、彼らは大砲の餌となるために、何の準備もなしに虐殺の場に駆り出されているのだ。プーチンの不合理な考えにより、ロシアのティーンエイジャー達は自分たちの命を支払わされている。

 

ここ数週間の演説でプーチンは、国家の団結を壊しかねない「反逆者」と「第五列*8」への「解禁期*9」を宣言した。このような悪漢を一掃するために「社会の自浄作用」を求めたのだ。演説の後には告発が相次いだ。学生たちが教師を非難し、逆もまたしかり――同僚同士もお互いを密告し合った。ロシアの大統領はまた、彼自身の批判者に対する蛮行を奨励した。モスクワにある独立系ラジオ放送局「モスクワのこだま」は侵攻開始直後に当局に閉鎖され、編集者のアレクセイ・ベネディクトフの自宅前には豚の頭と反ユダヤ的な絵が置かれた。昨年のノーベル平和賞を受賞したノヴァヤ・ガゼータ紙の編集長ドミトリー・ムラトフは、モスクワを発つ列車の中で有害物質のアセトンが混ぜられた赤い染料を掛けられた。

 

プーチンが「自浄」を訴えたあと、ロシア人はお互いを非難しようと躍起になった。プーチンは国家を引き裂いた。プーチンの敵対者も支持者もいっそう過激化した。もちろん、戦争に反対する人々の多くはプーチン批判者および若年層である。ある兵士たちはウクライナで戦うことを拒否し、命を落とした兵士の家族はプーチンに激怒している。若い人々は即時逮捕や失職・放校のリスクにも関わらず、勇敢にも路上に出て戦争に抗議している。しかし今のところ、ロシア人の多数派は明らかにプーチンを支持しているようだ。昨年行われた世論調査によれば、大多数のロシア人が戦争を恐れており、実際に開戦するとは考えていなかったにも関わらず、今日の一般ロシア人たちは戦争ムードに突入しているようである。

 

もちろん、リーダーが一人しかいない体制で、実質的に自由なメディアが存在しない場所の世論を調べることは困難だ。しかし、ロシア人が世界の敵意に気付いており、多くがプーチン同様に苦々しい思いを抱いていることは明らかである。独立系組織のレバダ・センターによる世論調査を見てみよう。批判者の主張とは逆に、回答拒否者は過去の調査と比較して多かったわけではないし、調査は例年通り電話ではなく対面で行われている。結果は次の通りだ。81%の回答者が「特別軍事作戦」を支持している。その内の53%分は「断固とした支持」であり、23%分は「どちらかというと支持」しているとのことだ。別の数字も注目に値する。「特別軍事作戦」を巡って、過半数の51%が「ロシアの威信」を感じる、と回答している。そうでない人々(多くは若年層である)は、その心情を「不安」「恐怖」そしてシンプルに「衝撃」だと表現している。

 

また同時期のレバダによる別の調査によると、3月のプーチンの支持率は83%に急上昇し、前の月から12%も上がっている。支持率の高まりは2014年のクリミア侵攻の際にも見られたが、当時の空気感は全体としてはもっと穏当なもので、プーチンに反対した者が隣人に吊るされるようなことはなかった(それでも、当時の演説でプーチンは彼の政策に反対する者は誰でも「国家反逆者」と決めつけていた)。さらに、今のロシアがウクライナでしていることとは対照的に、クリミア併合を流血なしに達成した*10クレムリンが「再統合」と呼んだ出来事は、ロシアの偉大さを回復し高めるものと見なす向きが多かったのである。

 

今日の一般的なロシア人が見せる戦争への反応は、おおむね好戦的なものといえる。それはあらゆる悪いニュースを、「ロシアが間違っているかもしれない」という感覚とともに遮断する無意識の努力に支えられている。当局を恐れるあまり、人々は野蛮な侵略戦争に抗議できないだけでなく、プーチンのロシアが恐ろしいことを行ったと自分自身の中でさえ認めることができないのだ。悪の側に立つのは恐ろしいことである。VPNを使ってクレムリンのインターネット規制を逃れ、ウクライナから届く地獄のような画像やビデオを見るのは恐ろしいことである。多くの人にとって、公的なプロパガンダを受け入れ、自分たちが善の側にいると知らされる方が容易いのである。「ウクライナ人は我々を攻撃しようとしていた」「我々は予防的攻撃を実施したに過ぎない」「西側が支援するナチス政権から兄弟国の人々を解放している」「我々の軍隊が行ったとされる残虐行為の報道はすべて捏造である」。レバダ・センターの調査に参加したある女性はこう言った。「もしBBCを見ていれば、違う風に考えたかもしれません。でも私はBBCを見ません。今見ているもので十分だからです」

 

MOSCOW SYNDROME
プーチンは追い詰められているが、それは国家も同じだ。ロシア人は集団的なストックホルム症候群を体験していて、官憲よりも取り締まられた人々に共感している。また政治家たちも、自分たちがクレムリンに繋がれていることを自覚しつつ、次に何をすべきかを巡って意見を対立させている。プーチンの首席補佐官ウラジーミル・メジンスキーやクレムリンの報道官ドミトリー・ぺスコフのように、和平締結に好意的な者もいる。他方で、チェチェン首長のラムザン・カディロフのように、「最後までやり通す」と言って(最後とは何だろうか)交渉自体が一種の裏切りであると考える者もいる。このような意見の幅は国全体で見られ、ある人にとっての「勝利」がロシアに新たな領土を安堵する平和条約を意味することもあれば、別の人間にとってはウクライナ全土を征服するためにあらゆる手を尽くす永久戦争を意味することもある。

 

プーチンの支持者たちは「愛国心」とやらに酔いしれて、戦争を批判する者は誰であろうと攻撃し、なぜ戦争に抗議するのか理解できないと主張している。レバダによる別の調査では、32%の回答者が「抗議者は金を貰っていると思う」と述べていた。ウクライナナチスから解放するのに反対する数千人もの人々を、他にどう説明するっていうんだ? 自由と将来を危険に晒しながら路上で虐殺に抗議する数千人の人々が、誰からどうやってカネを貰ってるかは知らないけど、と。このような非論理的な主張は真新しいものではない。近年、ロシアにおける主流強硬派の一部は、政治的抗議者について上記のような見解を述べている。

 

ロシア人にとって「ファシズム」とは、何か悪いものを表すのに長年用いられてきた便利なラベルだ*11ソビエト時代には「ファシスト」や「報復主義者*12」がアメリカやドイツのあらゆるところで「頭をもたげた」とよく言われていた。より雑に使われる言葉として「ナチス」も時々ある。1967年の第三次中東戦争の後、USSRイスラエルと外交関係を解消した時、イスラエル人はナチだと書きたてられた。プーチンにとって、ナチスの亡霊というのは国家を教化(indoctrinate)し、ウクライナの存在する権利を否定する方便なのだ。プーチンが政策を正当化するには第二次大戦の歴史を必要としたが、ロシア人は彼の所業がソビエト後の世界の基盤を破壊していることに気付いていない。すべては大祖国戦争(ロシア人は第二次世界大戦をこう呼ぶ)でファシストを打倒した上に築かれたのに、しかしウクライナ人、そして世界中の多くの人の目には、ロシア人自身がファシストのように振舞っていると映るのだ。自国の残虐な軍事侵略を正当化するのに、もはや彼らはヒトラーと戦った経験を持ち出すことはできない。それどころか、彼らの姿は第二次世界大戦当初のドイツそのものだ。これがプーチンのやったことだ。ロシアはもはや大祖国戦争の勝者ではありえず、歴史の正しい側にもいない。

 

ロシア人たちも心の底で、もはや逃げ出せないことを察し始めている。まだ人口の大半は理解していないが。もちろん、今年の5月9日にある戦勝記念日(ロシアで最も大事な国家の祝日のひとつ。第二次大戦の麗しい結末を祝う)において、プーチンが1945年におけるソビエトの勝利を、理性を打倒した自らの勝利と同一視するであろうことは疑いようがない。5月9日までに、プーチンウクライナでの勝利を具体的に説明する言葉を見つけねばならないだろう。そして勝利は1945年のような説得力を持たねばならない。しかし、多くのロシア人は既に、ロシアが敗北したヒトラーと同じことをしている様子を目の当たりにしているようだ。特別軍事作戦の象徴となったZは、ファシズムへの勝利の象徴である聖ジョージのリボンを折り曲げた形で描かれることが多い。

 

しかし現実には、多くの人々が閉塞感に囚われている。「西側はこれ以上ないほど敵意を向けてくるが、ロシアには何も残されていない」といった風に。由緒ある軍隊の最高司令官であるプーチンを支持するが、心の底では大統領が人々を後戻りできない地点に連れていったことを理解し始めている。ロシア人にとっては馴染み深い感覚である。1863年、偉大な革命思想家であるアレクサンドル・ゲルツェン*13はその心境をこう書いた。「ロシア人の立場は、果てしなく困難になっている」と彼はイタリアから書き綴っている。「西側ではますます外国人らしくなるのに、故郷で起こっている事態への憎しみは募る一方だ」。当時も今も、そのような憎悪ははっきりとした形を結ぶことはなく、むしろ秘密めいている。ロシア人は自分でもそれを認められない。

 

RUNNING AWAY FROM REALITY

良心や自覚があったり、手に職を持っていたりと、行動するための条件に恵まれた多くのロシア人は、自ら職場を辞す*14ことで無言の抗議をしたり、国から去ったりしている。正確な数を算出するのは困難だが、国外に出た人々の大半は、一時的にそうしているのだという。彼らは戦争に参加せず、ロシアに変化が訪れるのを待っているが、異国に永住するつもりはない。迫害を恐れてというより、ロシアの未来が信じられず、現政権に嫌気が差してそうしているようだ。結果として、ロシアからは近代的で多様な経済を目指す拠り所とされた専門職層が流出しつつある。この動きが長期化すれば、ロシアの人的資本の根幹にダメージが入るだろう。そして、残された人々は西側の価値観と自由主義に対してより閉鎖的になるだろう。

 

来たるべき経済的破局に向けて、政府は十分な現金と報酬があれば、政権を支持してくれるであろうロシア人に対して働きかけようとしている。その対象は、変動する社会保障費と給与で忠誠を買い、プロパガンダをやっておとなしくさせねばならないロシアの広範な大衆である。しかし制裁の影響が広がるにつれて、この試みは大幅に高くつくようになり、人々を支えるための資源は干上がりはじめた。ロシアが石油とガスの販売能力を失えば、この傾向はより顕著になるだろう。

 

時間が経つとともに、戦争の影響が蓄積されれば、プーチンに対する大衆の信頼が揺らぐかもしれない。軍事作戦と大規模な宣伝組織が全速力で稼働し続ければ、社会的な結束は瓦解を始め、これまで経済を支えてきた力は機能しなくなるだろう。ただ今のところ、ロシア人は不満を敵に投げかけるだけで満足しているようだ。「悪いのは誰なのか?」という問いをぶつけると、彼らは「アメリカとヨーロッパだ」と答える。

 

プーチンは行き詰っているし、ウクライナと残りの世界も苦しんでいる。しかし長い目で見れば、これはロシア人にとっての災難でもある。ロシアは世界の文化に多大な貢献を果たしてきた。多数の作家と思想家を輩出し、3名のノーベル平和賞受賞者を生んだこの国は、これから長きにわたってウラジーミル・プーチンとともに語られることになる。西側諸国は、月並みな表現になるが、プーチン体制とロシア国民が同一の存在ではないことを理解すべきである。そのような意識は、プーチン後のロシアを構築するにあたって重要となるだろう。そうでなければ、ロシアは世界にとって敵対的な飛び地と見做され、世界から遠ざけられることになる。だが究極的にはロシア人たち自身の手によって、ロシアがプーチンの作った国以上の存在であると証明される必要があるだろう。

 

☟原文☟

www.foreignaffairs.com



(訳した人間による追記)

ウクライナ侵攻が始まってそろそろ二か月が経ちますが、戦地のニュースと違いロシアからの情報は多くありません。ある意味では仕方のないことですが、ロシア人のことを「得体の知れない特徴のない人々の集団として」形容する意見も多くある現在、たまにはこのような文章がネットに転がっていてもいいと思い勝手に訳したものを載せます。

 

著者のアンドレイ・コルシニコフはロシア出身のジャーナリストです。ロシアの複数のメディアで働いたのち、現在はカーネギー国際平和基金のフェローを務めています。

*1:原文はultranationalist。正確にはウルトラナショナリストとか超国家主義とか呼ばれますが、面倒なので極右にしました。

*2:モスクワの労働組合会館の中にある柱がいっぱいある場所です。

*3:ユーリ・アンドロポフ - Wikipedia

*4:コンスタンティン・チェルネンコ - Wikipedia

*5:ロシア連邦安全保障会議のこと。プーチン大統領の直属機関で、国家安全保障に関わる政策を決定します。

*6:原文はgerontocrats。長老支配における支配的地位にある者のことです。主に共産主義体制を指すのに使われます。

*7:膨張主義(expansionism)とは、一般的には国家の領土的拡張を志向する運動ないし政策を指します。

*8:第五列とは、味方の中に存在する敵性分子のこと。スペイン内戦に由来する言葉です。

*9:原文はdeclear open seasonで、元々は禁猟期を終え解禁を宣言するという意味の表現ですが、open seasonは転じて特定の人々が不当に扱われるような状況を指すこともあります。

*10:念のため追記しますが、クリミア併合が流血なしに達成されたという理解は厳密には事実と異なります。

2014年クリミア危機 - Wikipedia

*11:余談ですが、ファシズムというラベルの乱用は、ジョージ・オーウェルによれば、第二次大戦の頃からあらゆる陣営で起こっていたことだそうです。

ファシズムとは何か

*12:原文はrevanchist。これは「失地回復論者」とも訳されますが、ドイツには当てはまらない気がしたのでこう訳し・・・東プロイセンのことですかね?

*13:アレクサンドル・ゲルツェン - Wikipedia

*14:原文はvoting with their feetで、これは不作為によって抗議の意を示すという意味の表現です。