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ロシア人エリートは休暇の過ごし方に悩む(翻訳)

匿名寄稿者

 

先日あったことですが、トルコか「アジア」で休暇を過ごすのに良い場所を知っているかとボスに尋ねられて、私は少しびっくりしました。今までそのような助言を求められたことはなかったし、一介の英語教師とロシアの裕福な仲買人の生活が重なるとも思えなかったからです。

 

住み込みの家庭教師や、私立学校の講師を勤めた経験から、私は多くの裕福なロシア人を知っています。モスクワ郊外の高級区画で知り合った親たちは、かつてはサントロペやアンティー*1で夏を過ごしていました。トルコは、彼らの一人の言を借りれば「普通の人向け」で、つまり貧乏な人の旅行先と見做されます。

 

ウラジーミル・プーチンウクライナで起こした戦争により、ロシア人エリートがお気に入りの旅行先に行くことはほとんど不可能になりました。ヨーロッパの空は彼らを締め出しましたし、ビザの取得は困難になり、クレジットカードはブロックされています。かつては夏学期になるたびに、子どもがギリシャカリブ海、マイアミに持っていく教育的な本は何だろうかと親たちが冗談交じりに訊いてきたものです。今年はビーチ・リーディングの軽口はありません。

 

イースターでは、私のボスは家族をドバイに連れて行きました。戦争が始まって一ヶ月経った頃でしたが、夏に行くには暑すぎる場所です。ボスはより魅力的な場所を探そうと決意したようで、プライベートジェットを貸し出している友人とよく電話で話し込んでいます。


休暇を心配するロシア人がいる一方で、徴兵の不安を抱える人々もいます。毎年春に行われる徴兵が今年も進行中で、13万人以上の人々が1年間の軍務に召集されます。建前上は18歳から27歳までのすべての男子が対象ですが、過去には学業を継続するため、あるいは単に賄賂を支払うことによって、健康上の問題を名目に徴兵を免れた人もいます。ロシア政府は徴兵をウクライナに送らないと言っていますが、この発表に懐疑的な人も多く、召集を免れる昔ながらの手法が通じないかもしれないという懸念が広がっています。



今年は召集プロセスが強権的になったという噂もあります。徴兵を担当する士官が、召集対象者の妻や母親と玄関先で口論を交わしている映像がいくつも出回っています。そのひとつでは、(真偽のほどは分かりませんが)女性が息子を連れ去ろうとする制服姿の男に立ち向かっています。何度も何度も彼女は叫びます。「誰の権限で?」

 

最近、私は友人のヴラディスラヴァとこの話をしました。「戦争なんてクソよ!」と彼女は言います。「私のテマは連れて行かせない」。ヴラディスラヴァの両親はボーイフレンドのテマを気に入っていないので、両親の印象を良くするためには早く妊娠しないと、と私たちはかつて冗談を飛ばしたものです。彼女はいま、そうしなければならないと醒めた口調で言いました。プーチンがテマを殺す前に。

 

人々は徴兵猶予の申請を始めています。ロシア国内にいて学生特例を申し出るより、海外留学の方が安全だと思われています。ヴラディスラヴァとボーイフレンドは、アメリカの大学院に出願しました。学費はどうするのかと穏やかに尋ねたところ、彼女はあっさりと「テマが書類を作ってくれる」と答えました。銀行の残高証明を偽造できるという意味かもしれません。

“Fuck this war!” my friend said. “They will not take my Tema”

 

私が話した中で、実際に街で徴兵担当官を見かけた人は誰もいませんが、それでもドアがノックされる恐怖から逃れることはできません。カザフスタンからリモート勤務することで徴兵を逃れようとしている人を2人知っています。実家の別荘に身を隠している人の話も耳にしました。可能な逃げ口に関する憶測が飛び交っています。ある知人は、会社で一定の人数を雇用していれば特例が認められると思う、と話していました。徴兵事務所が全土で襲撃に遭っており、ネット上では匿名の犯人を英雄視する声が上がっています。

 

徴兵を心配していない人たちも、執拗なプロパガンダに辟易しています。3月に遮断されたインスタグラムにアクセスするため、多くの人がVPNをインストールしています。つまり彼らは、外国のニュースメディアで攻勢に失敗したロシア軍の記事を読むことができるのです。汚職の横行が噂される国防省のセルゲイ・ショイグを皮肉ったジョークも多く耳にします。

 

また、制裁の影響も現れてきています。メニューは縮小され(サツマイモのような輸入品は姿を消しました)、人々は給料の遅配に不満を抱いています。私が教えている私立学校でも、生徒たちがカフェテリアの列に並ぶ間に、ヨーグルトの消費期限切れが何日後に迫っているかを当てるゲームをしています。

 

私のボスでさえ、多少の危機を感じています。数週間前に小石に当たって壊れたメルセデスマイバッハのフロントガラスをまだ交換していないのです。費用が高くつくのか、部品が手に入らないためかは分かりません。毎朝一緒にジムまで車に乗っていきますが、汚れひとつなく磨き上げられた車に入った巨大なヒビを、なるべく見ないように努めています。

 

一部の人たちの間では、戦争に賛成する空気が固まりつつあります。先日、友人の友人で、学校の理事を務める人物とバーへ出かけました。ちょっとしたデートのような雰囲気で、二人ともやや酔っていました。同年代の人々からロシア政府に対する不満を感じ取っていたので、グラスを合わせるときにわざと小さな声で「ウクライナに栄光あれ」と言ってみたのです。それが失敗の種で、彼女は「なぜウクライナの戦争狂(war-mongering)を支持するの?」と私を問い詰めてきました。

Instead of the universal diss “your Mum”, Russian kids now say “Are they against Russia?”

 

私は、そうじゃない――でも、国際法に定められたウクライナ自衛権を支持しているんだ、と答えました。すると彼女は、これはウクライナのエリート達によって行われる「選択の戦争」*2で、その証拠にドンバスから多くの人々がロシア国境を通って逃げてきている、と主張しました。「駅にいる避難民たちはロシアが侵略者なんて思っていないわ」。私はここで話題を変えて、冬には何千ものロシア人が食料や燃料なしで過ごすことになる、それはウクライナで得たものに値するのか、と問うてみました。「何が言いたいの?」と彼女は反撃します。「ヨーロッパだって凍りつくのよ」。



この種の硬化は、教え子たちの間でも見られます。戦争が始まったばかりの頃は、ウクライナのことが話題に上っても、子どもたちは話題を変えたり気まずそうな様子を見せる傾向にありました。でも最近、国旗についてクラスで話し合ったとき、11歳の子供がこう発言しました。「ウクライナなんて最低だ!」。なぜ4400万人もの人々を嫌うのかと尋ねると、憤慨した様子で「化学兵器を持っているから」と答えました。彼の論点の半分は正しいのです。ロシア政府は、西側諸国がウクライナの秘密研究所で大量破壊兵器を開発しているとずっと主張してきました(その兵器とやらは生物兵器で、化学兵器ではありませんが)


国営放送の言葉は、子どもの遊び場にも及んでいます。広く用いられる「お前のママ(your Mom)*3」という罵りの代わりに、今のロシア人の子どもは「ロシアに逆らうのか?( oni protiv Rossii?)」と言います。



私が教えている家族の乳母であるタチアナは、当初から子どもたちに戦争の公式見解を叩きこもうとしていました。彼女は先日、夕食を食べ終えない子どもに向かい、ウクライナ東部のロシア語話者たちは「ナチス」のウクライナ人に迫害されて、満足にご飯も食べられないのだ、と叱りつけていました。一家の母親がこれを聞きつけ、「タチアナ、やめて! この子たちはもう要らないのよ」と声を荒げました。タチアナは居間に引っ込んで、「教師どもがアメリカ人ばかりだから、子どもたちが学校でウクライナの真実を聞くことができないんだ」と不平を漏らしていました。

 

しかし、この忠実なプーチン支持者でさえ、ウクライナで戦いたくない人々の心情を受け入れているようです。その週の終わり、タチアナは宿題を予定通り終えなかった子供のひとりを叱責してこう言いました。「ちゃんと勉強して大学に入れないなら、どうやって徴兵から逃れるつもりなの?」■

 

寄稿者はロシアに住んでいます。詳細部分をいくつか変更しました。最初の記事はここから、1843マガジンの他の記事はここから読むことができます。

 

☟原文☟

www.economist.com

 

訳した人間による追記

これは以前訳した記事の続きです。執筆者も同一人物と思われます。

831.hateblo.jp

 

※追記(11/9)

記事の続編が出たので訳しました。

831.hateblo.jp

 

*1:どちらもフランスの高級リゾート地です。

*2:原文は"a war of choice"です 。これは「必要の戦争(a war of necessity)」と対比される概念で、イラク戦争などがこう呼ばれましたが、今ではあまり見かけなくなった分類です。

*3:"your Mom"は英語のスラングで、わずらわしい質問に対する適当な返事によく用いられます。

Urban Dictionary: your mum